これまで、当「戦略眼と現実解」のコラムでは、ポランニーの『暗黙知の次元』を論拠として「創造的思考の思考法に対する暗黙知」について深掘りしてきました。
- #326 戦略眼と現実解 何故、今の日本企業に内発的な変革が起きないのか 日本人の暗黙知を考える
- #327 戦略眼と現実解 「創造的思考の思考法に対する暗黙知」を考える
- #328 戦略眼と現実解 「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」への深化
- #329 戦略眼と現実解 「創造的思考の暗黙知」と「希少性のある意味]
- #330 戦略眼と現実解 暗黙知は意味の創造的思考にどのように関与するのか (ポランニー「暗黙知の次元」を参考にして)
- #331 戦略眼と現実解 「希少性のある意味を創造する思考」を引き起こすテクニック
- #332 戦略眼と現実解 「希少性のある意味の創造的思考の暗黙知」を組織に浸透させる
1.定義(総括)
以下に、各コラムで示してきた諸概念を整理します。
1.1. 創造的思考の暗黙知の定義
「創造的思考の暗黙知」とは、培ってきた知見や専門知識を新たな創造に結びつける知であり、その創造的思考の方向性とプロセスを暗黙裡に導き出す知である。
- 個人が長年にわたり培ってきた知見や専門知識、創造に対する洞察や感性の蓄積が、状況や関係性に応じて独自の意味を創り上げていく内在的な知の働きである。この知は、あらかじめ体系化されたルールや理論に従って展開されるのではなく、むしろ、社会的志向性を思考の源泉として、その場その時に表出した「意味の揺らぎ」や「予期せぬ出会い」の中から新たな価値の構造を見つけ出し、そこに希少性のある意味を創出していく。
- それは形式知への変換を前提とするものではなく、組織風土や組織文化の文脈の中に宿され、場に溶け込みながら継承され、社会環境の変化を先取りしながら磨かれていく知である。組織や共同体においては、その知は言葉にされぬまま伝承され、やがて文化としての知へと昇華していく。
- この知は、単なる過去の成功事例、技術スキルの模倣、即興的な思いつきではなく、未知の状況に対して既知の枠組みを超えた「意味の逸脱と再構築」によって真に独自の価値を創り出す。すなわち、与えられた枠組みの中での最適解ではなく、そもそも解が存在しないような状況において、自ら意味を構築し、問いそのものの輪郭を描き直すような創造性をその本質としている。
- 創造的思考の暗黙知とは、まさに秩序だった知の外部で生まれる創造性の源泉であり、静的な知識の蓄積ではなく、関係性のなかで動的に立ち現れる知である。その意味において、創造的思考の暗黙知は、企業や組織にとって、競争優位ではなく意味優位の基盤を築く鍵となる。
1.2. 関係する諸概念の定義
- 文化知としての暗黙知
- 組織知として、創造的思考の結果の秀逸性、洗練された創造的思考過程、考えぬかれた創造的思考の思想、時代の変化に即して磨かれた思考によって、人から人へと受け継がれていくこと
- 希少性のある意味
- 「個人化」した社会において、個々の顧客(個客)の視点に立って、私だけのコト、私だけのストーリー、社会的意味(エシックス)を希少性として、一人ひとりの人権を重視したアイデンティティを実現することのできる意味
- 暗黙知の作用プロセス
- 意味を創出する創造的思考に作用する暗黙知の表出プロセス
- ポランニーが示した暗黙知に関する概念「志向性⇔創発⇔境界制御の原理⇔包括=理解(コンプリヘンション)⇔内在化して内面化する」が交互に補い合いながら表出する
- 「志向性」は社会文化・経済的背景により「社会的志向性」として表出し、「創発⇔境界制御の原理⇔包括=理解(コンプリヘンション)⇔内在化して内面化」は「創造的展開スキーム」として表出する
- 創造的思考の深化モデルと深化のための方法論
- 創造的思考は視点を深めながら徐々に深化していく創造的思考モデル。各深度において深化のための方法論が暗黙知を起動する
- [深度1]表象への執着・慣性からの脱却←視点論点ずらし、[深度2]機能的合理性や前提の絶対視の超克←捨象、[深度3]関係性の固定構造からの脱構築←懐疑、[深度4]制度的予定調和への疑問と越境←遡行、越境、[深度5]自己変容への内的共鳴と存在の問い直し←省察、内在化と内面化
- 暗黙知の3層構造
- 暗黙知は[構造レベル]、[社会的レベル]、[存在論的レベル]の3層の位相で表出する
- 意味生成の3層構造
- 社会の中で形成されている既存の意味は、フレーム依存、限定合理性、予定調和性に制約されて形成されている。社会の中で新たに生成される意味は、そうした制約を乗り越えるために、①新しく創る事物は何であるかという知識そのものを創造する(知識の創造)、②その創り出した新しい事物の意味は何であるかを創造する(意味の創造)、③そもそもその新しい事物を創造することの意味そのものを創造する(哲学の創造)、の3層で再構築される
- 交互に補い合いながら表出する暗黙知
- 人間の脳は、情報処理の制限があり、一度に二つのことは考えられない。このため暗黙知も交互に表出し、その結果をフィードバックし補い合いながら創造的思考に作用する
2.希少性のある意味を創出する意味生成推論 (MGI:Meaning Generative Inference)
当コラムでは、第1章の「3.暗黙知の作用プロセス、4.創造的思考の深化モデル、5.暗黙知の3層構造、6.意味生成の3層構造が、7.交互に補い合いながら統合して表出することで、創造的思考に作用する暗黙知が希少性のある意味を創出する」というモデルによって「既存の意味から新たな希少性のある意味が生成される」とする推論モデルを『希少性のある意味を創出する意味生成推論』として定義します。
この『希少性のある意味を創出する意味生成推論モデル』は、生成AIを利用したAIリコメンドシステムが実現する「意味生成推論機能」の全体像を記述したメタクラスとなります。すなわち、生成AIを利用して実現する「意味生成推論機能」の各機能はこのモデルによって記述され詳細化され、第1章で定義した用語によってラベリングされ起動することになります。
3.意味変換操作子(MTOs:Meaning Transform Operators)
生成AIを利用したAIリコメンドシステムが実現する「意味生成推論機能」では、第1章 5. で定義した「深化のための方法論」、すなわち、[視点論点ずらし]、[捨象]、[懐疑]、[遡行と越境]、[省察と内在化と内面化]を『意味変換操作子』としてラベリングし、起動することになります。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
【参考文献】
- マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)