「#328 戦略眼と現実解 「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」への深化」では、『意味そのものを創出する思考することのできる「暗黙知」こそが他社の真似のできない希少性を優位性の源泉となる』と結論付けました。
本コラムでは、「希少性のある意味]について考察を深めるために『意味の創造の構図』を導入し、「意味を創造する思考する暗黙知」が果たす役割について考察します。
1.意味の創造と暗黙知の結合
これまで、当コラムでは、問題を設定して解決する思考と意味を創造する思考について、以下のように考察を深めてきました。
- #327 戦略眼と現実解 「創造的思考の思考法に対する暗黙知」を考える において、マイケル・ポランニーは、問題を考察することについて、『 (1)発見を触発して導く場は、より安定した構造の場ではなく、「問題の場」である。 (2)発見が起こるのは、自然発生的ではなく、ある隠れた潜在的可能性を現実化しようと「努力」するからである。 (3)発見を触発する、原因のない行為は、たいてい、そうした潜在的可能性を発見しようとする「想像上の衝迫」である』(ポランニー 1966 #1 p.147)と論述していることを示しました。
- #328 戦略眼と現実解 「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」への深化 において「希少性のある意味を創造する思考」には、①知識を創造する、②意味を創造する、③哲学を創造する思考の3層の構造があり、そこに夫々の暗黙知があることを示しました。
そこで、ここでは、現実の経営の場を想定して、「問題を考察する思考と意味の創造」および「意味の創造とその夫々における暗黙知」の関係を整理することにします。
1.1. 意味の創造の構図:「創造される意味」と「その創造に関わる暗黙知」
下図『意味の創造の構図』は「創造される意味」と「その創造に関わる暗黙知」の関係を示すものです。
- 「創造される意味」は、組織の内部で共有されている意味と組織の外部(社会)において共有されている意味を横軸で分類し、既知の知(すなわち、形式知で表されている知)と未知の知(すなわち、創造される意味)を縦軸で分類して、2×2のマトリクス([MP]:The meaning drawn from the perspective of the organization、[MS]:Meaning as a social significance、[MI]:The meaning of Context within the organization、[MO]:Meaning of the social external environment)で表されます
- 「その創造に関わる暗黙知」は、次の3つの暗黙知から構成されます。
- [TOP]: [MO]⇒ [MP] (D:社会的外部環境の意味 ⇒ A:組織の視点で描いた意味を創造する暗黙知)
- [TIP]:[MI]⇒[MP] (C:組織内部環境の意味 ⇒ A:組織の視点で描いた意味を創造する暗黙知)
- [TPS]: [MP] ⇒ [MS] ([TOP][TIP] から導いた意味を融合して ⇒ B:社会的意義としての意味へと再構成して創造する暗黙知)
なお、C:組織構造化された意味 は、文章化されて形式知化されたものではなく、提供される製品やサービスに織り込まれた意味であり、当然ながら、その意味を実現するプロセスや制度にもその意味が織り込まれていると考えることができます。また、「創造的思考の方法を考えるメタレベルの知」と記しているのは、後にこの構図に従い「AI戦略リコメンドシステム」を構築する際に使用するための用語として記載しています。

1.2. VUCA時代における「意味の創造」と「その創造に関わる暗黙知」の関係
現代は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代と言われています。こうした環境では既定の正解はなく、全体を捉え幅広く知識を探索し、仮説を立てて検証して、適切な判断の下で行動をするための思考が重視されます。そこでここでは、より具体的に、VUCA時代における『意味の創造の構図』の在り様について考察します。
- VUCAの時代においては、真っ先に[D-象限]への意味づけが求められます。これは、トレンドデータ、PEST分析、5Forces、サプライチェーンの動向、販売チャネルの動向、SWOT分析結果や Benchmarking の結果([MO]:社会的外部環境の文脈)などに固定化された形式知から得られます。特に、保護主義が台頭すると関税や輸出規制なとにより自由貿易が阻害されるカントリーリスクに注意を払わなければなりません。
- 社会的外部環境の変化を読み解いて(意味づけして)解決策を考えるのは、ポランニーの問題の考察の典型でもありますが、ビジネスインサイト (ビジネスに関わる洞察)によるものです。
- 言うまでもなく、どの企業においても組織内の状況をKGIやKPIの数値を把握して必要な対策を講じていることでしょう。企業は、生業として培ってきた製品やサービスを基盤として事業を営んでいます。提供する製品やサービスも、売上や利益の増減、投資利益率の動向なども、企業経営にとっては重要な要素ではありますが、これらは、組織内部の文脈の中に固定化された形式知です。
- 今、殆どの企業では、将来像としてビジョンを描いて事業を意味づけをしています([A-象限]の意味、[MP]:組織の視点で描いた意味)。これは[D-象限]で読み解いて意味づけした意味と[C-象限]で読み解いて意味づけした意味を融合して形成されます。
- [A-象限]の意味を創造するには、[C-象限]の意味([MI]:組織内部の文脈)から[A-象限]の意味を創造する暗黙知 [TIP](既存の製品やサービスの意味を問い新たな意味を創造する暗黙知)、および、[D-象限]の意味([MO]:社会的外部環境の文脈)から[A-象限]の意味を創造する暗黙知 [TOP](社会の趨勢、社会発展の方向性を読み解き新たな意味を創造する暗黙知)が必要となります。
- VUCAの時代においては、とりわけ、[TOP]が創造した意味に依拠して[TIP]が新たな意味を創造することが求められています。
- 利便性や効率化/コストダウンといった経済合理性ばかりでなく、倫理性(地球温暖化や自然環境保護/人権尊重など)や持続可能性(持続可能な社会の発展)への意識が高まり、企業に対して、社会的意味([B-象限]、[MS]:社会的意義としての意味)の創造が求められています。
- [B-象限]の意味を創造するには、[TOP]が創造した意味に依拠して[TIP]が創造した新たな意味に対して、さらに、社会の趨勢を含めて社会を俯瞰し、大局的な観点から社会変革につながる新たな意味(社会的意義としての意味、[MS]:社会的意義としての意味)を創造する暗黙知[TPS] (創造した意味から社会的価値としての意味を創造する暗黙知)が必要になります。
2.意味の創造的思考に関わる暗黙知の構造
上述のように、意味の創造的思考に関わる暗黙知は、[TIP]、[TOP]、[TPS]の3種類です。
- [TOP]:社会の趨勢、社会発展の方向性を読み解き新たな意味を創造する暗黙知
- [TIP]:既存の製品やサービスの意味を問い新たな意味を創造する暗黙知
- [TPS] :創造した意味から社会的価値としての意味を創造する暗黙知
#328 戦略眼と現実解 「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」への深化 で示したように、希少性のある意味を創造する思考」には、①知識を創造する(新しく創る事物は何であるかという知識そのものを創造する)、②意味を創造する(その創り出した新しい事物の意味は何であるかを創造する)、③哲学を創造する思考(そもそもその新しい事物を創造することの意味そのものを創造する)の3層の構造があり、そこに夫々の暗黙知があることを示しました。
意味の創造的思考に関わる暗黙知 [TIP]、[TOP]、[TPS] と、希少性のある意味を創造する思考に求められる暗黙知 ①知識の創造、②意味の創造、③哲学の創造 との間には、その定義において一定の対応関係を見て取ることができます。
- [TOP](社会の趨勢、社会発展の方向性) ⇔ 新しく創る事物は何であるかという知識そのものの創造
- [TIP](既存の製品やサービスの新たな意味) ⇔ 創り出した新しい事物の意味は何であるかを創造する
- [TPS] (創造した意味から社会的価値としての意味) ⇔ そもそもその新しい事物を創造することの意味そのものを創造
この考察で重要なことは、「意味を創造する思考」の暗黙知 [TIP]、[TOP]、[TPS] は、ただ単に意味を創造しているばかりではなく、夫々に ①知識の創造、②意味の創造、③哲学の創造 という構造的役割を担っていることです。この①②③を意識した創造的思考が「希少性のある意味」を生み出すことにつながるのです。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
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【参考文献】
- マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)