前回のコラムでは、「即非の論理 × 橋と扉」という思考方法を紹介しました。
既存の前提に即しながら、その前提に含まれている意味をゆらすことで新しい可能性の扉が開き、その先に橋を架けようとする行為の中でイノベーションが生まれるという考え方です。
ここで、重要な問いが生まれます。それは「意味はどこで生まれるのか」という問いです。
1.意味はどこで生まれるのか
イノベーションを語るとき、多くの場合、議論は技術やアイデア、あるいは戦略の話になります。もちろんそれらは重要です。しかし、企業が社会の中で新しい価値を生み出すとき、その出発点は必ずしも技術や戦略ではありません。それは会議室でも戦略資料の中でもありません。
企業は商品を販売して利潤を得ます。しかし、商品がそこに存在するだけで価値が生まれるわけではありません。人はその商品を見つめる志向的な眼差しの中で、その商品が自分にとってどのような意味を持つのかを感じ取り、その意味に対して価値を見いだすときに商品を購入します。すなわち企業は単に商品を販売しているのではなく、その商品が社会の中で持つ意味を販売しているとも言えるのです。
意味が生まれる場所は、机上の理論ではなく、もっと具体的で、もっと生活に近い 暮らしの中にあるストーリー の中にあるのです。

多くの場合それは、暮らしの中におけるシーンの変化をきっかけにして、つまり、人々があるモノやサービスを「どのような意味を持つものとして感じるか」が変わるとき、すなわち、 感じ取られる意味の変化 を通して、新しい価値が社会に姿を現します。私はそれを 生活世界と呼んでいます。
人々の暮らしの中には、さまざまな経験があります。
日常の生活動線、家族との時間、通勤の風景、地域の文化、季節の変化、五感で感じる空気、安心や不安といった感情。
こうした生活の文脈の中で、人はモノやサービスに対して意味を感じています。
たとえば、同じ椅子でも、それが単なる「座るための家具」である場合もあれば、「仕事に集中する場所」である場合もあり、「家族と語り合う時間の場所」である場合もあります。
商品としては同じ椅子でも、そこに宿る意味はまったく異なります。
つまり価値とは、商品そのものの機能だけで決まるものではありません。
人々の生活の中で、その商品がどのような意味を持つかによって決まるのです。
2.意味は人と人との関係の中で循環する
そして、その意味は一人の頭の中で作られるものではありません。人と人の関係の中で生まれます。
顧客の経験、現場の知恵、技術者の感覚、地域社会との関係。
こうした相互作用の中で、ある製品やサービスが持つ意味が少しずつ変化していきます。

最初は小さな違和感かもしれません。
あるいは、これまで気づかなかった可能性への直感かもしれません。
しかし、その小さなゆらぎが共有され、言葉になり、行動に移されるとき、意味は社会の中で広がり始めます。
そしてこのプロセスは、一度で終わるものではありません。
意味は、対話の中で生まれ、判断の中で形になり、行為の中で社会に現れます。
そして社会の中で新しい経験が生まれ、そこからまた新しい意味が生まれていきます。
私はこの動きを 意味循環と呼んでいます。
3.意味循環から起ち上がるイノベーション
企業のイノベーションは、この意味循環の中で生まれます。
企業が新しい価値を創造しようとするとき、本当に重要なのは「新しいアイデアを考えること」ではありません。むしろ重要なのは、人々の生活の中でどのような意味が生まれているのかを感じ取ることです。
- 顧客の暮らしの中で何が起きているのか
- 地域社会の中で何が変わっているのか
- 人々は何に喜び、何に不安を感じているのか
こうした生活の文脈の中にこそ、まだ言葉になっていない意味の兆しが存在しています。
その兆しに気づいたとき、企業の中に新しい志向が生まれます。
そして、その志向が人と人との関係の中で共鳴するとき、新しい価値の可能性が見えてきます。
この可能性が現実化し社会を変えるとき、イノベーションが起ち上がるのです。
4.意味のフィラメント構造
このように、意味とは、抽象的な概念ではありません。
文明学者の梅棹忠夫氏は、情報を文明論的にとらえると「著しく人間的なものになる」と述べています。意味もまた同じです。意味は抽象的な概念ではなく、人々の生活の中で生まれ、人と人との関係の中で広がっていくものです。
それは、生活の中で感じられ、関係の中で生まれ、社会の中で循環するものです。
その意味が多くの人の志向の中で共鳴するとき、社会の中に新しい価値の流れが生まれます。
そして、社会を変革するイノベーションが起ち上がります。これは文明を形づくる一つの段階となります。
このようにして、個々人の暮らしの中のストーリーから意味が生まれ、人と人との関係の中で共鳴し、社会の中で意味循環が起こります。そしてその循環の中からイノベーションが生まれ、文明の新しい層が形づくられていくのです。
「意味」こそが社会を動かし新しい時代を創っていく。私はこれを、文明の中に形成される 意味のフィラメント構造 と考えています。
次回のコラムでは、この「意味循環」の中で生まれた意味が、どのように社会の中で凝集し、文明の構造を形づくっていくのかについて考えてみたいと思います。
文明とは、人々の志向が共鳴し、意味が社会の中で凝集することで形づくられていくものなのです。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
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【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)
- フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
- 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
- 梅棹忠夫、『情報の文明学』、(中公文庫 う 15-10、中央公論社、1999.4.1
- 北川東子他、『ジンメル・コレクション 』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、 1999.1.12
- エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
- ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
- ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
- マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

