#335 戦略眼と現実解 「意味」というもの、 「意味を創造する」ということ、

売上高とコストはいくらですか

 会社の中でので日常会話として交わされるこの言葉について考えてみましょう。バブル経済の崩壊を経験して、その後の失われた30年を過ごしてきた方にとってはドキッとする言葉かも知れませんし、この言葉でPTSDを呼び起こされる方もいるでしょう。

  1. 文字通りの会話でしたら、単に、数字を聞いているだけです。
  2. しかし、数字責任を負っている立場での会合でしたら、説明責任を問われていると直感します。担当者という立場でも、この数字の達成のためにどれだけの努力をしているのか(適切な施策を打っているのか)と上司からドヤされていると感じます。
  3. 当初の計画策定時と、期中で数字を作っている時と、期末で結果を問われている時で、深刻度も異なってきます。
  4. 融資を受けようと目論んでいる時、債務を返済しなければならない時とで、気を配らなければならないことは異なります。

 このように、同じ文章でも周囲の状況や対象によって「意味」は異なって受け留められます。一般に「意味論 “Semantics” 」として扱われるのは #1 です。本コラムでは #2 以降の意味について考えます。これは一般に「語用論 “Pragmatics” 」の分野です。

 尚、「意味論」には「形式意味論」、「認知意味論」があり、さらに「形式意味論」には「概念意味論」や「生成意味論」等があります。

1.「意味」というもの

 「意味」には、 [1] 事物に接して感じる「意味」、 [2] 個人の生き様と社会の在り様とが複合して生じてくる「意味」、 [3] 人との関係性の中で生起する「意味」があります。

1.1. 「意味の普遍性」と「意味の多面性」

 私たちが生きていく中で普遍的に感じているのは「命の意味」です。私たちは、生きていると同時に「命」にかかわって生きています。人はただ食うためだけに生きているのではありません。「人としての尊厳」を持って生きているのであり、「自分の社会の中での存在意義」を実現したいと願って生きているのです。(意味の普遍性)

 しかし、冒頭で記したように、私たちが感じ取っている「意味」は、社会経済状況に依存して変わるし、状況に応じて受け取り方も変わります。それは「おそらく意味を受け取る価値基準が変わるから」(意味合い)だと思います。また、「意味」には、バイアスがかかっており、心理状態も影響しています。(意味の多面性)

1.2. 意味の伝達とコミュニケーション

 私たちは、日々、他の人との双方向のコミュニケーションを交わして生きています。本コラムで考察する「意味」は、「語用論 “Pragmatics” 」としての「意味」ですが、以下は、双方向のコミュニケーションの中で生起する「意味」です。

  • 私たちは、言葉や非言語手段を使ってコミュニケーション(意志疎通と意思疎通)をしています。コミュニケーションによって私たちは「多面性のある意味」のやりとりをしています。
  • 私たちは、経営理念(多くはスローガンになっている)やビジョンにしても、目的にしても、メッセージにしても、そこに書かれていない「多面性のある意味」(および、意図)を、自分なりに読み取ってコミュニケーションをしているのです。

1.3. 「コミュニケーションで交わされる意味」と「希少性の価値の源泉となる意味」

 日々交わされる双方向のコミュニケーションにおける「語用論 “Pragmatics” 」としての「意味」と企業経営における「希少性の価値の源泉となる意味」は異質のものです。

 個人化している今日にあって、一人ひとりのアイデンティティを実現する意味こそが「希少性の価値の源泉となる意味」と言えるでしょう。それは「自分のためだけに」「寄り添ってくれる」といった信頼関係に「感じる意味」でもあり、「自分だけの物語や情景の実現」「心の奥底で叶えたいと思っている願いの実現」「社会の中で役に立ちたいと思っていること」といった経験する価値に込められた「意味の実現」でもあります。

 これらの「意味」は製品やサービスを媒体として伝達されることもあるでしょうし、顧客との双方向のコミュニケーションによって伝達されることもあるでしょう。何れにしても、そうした「意味を創造する」ためには、相手を理解してきめ細かに対応することのできる想像力と創造力が必要であり、プロダクトアウトの発想では成し得ないことです。そしてその「伝達される意味」は「語用論 “Pragmatics” 」としての「意味」なのです。

2.発想の転換が求められる「意味の創造」

 企業においては「新規事業の開発」「価値要素と価値構造の分析と価値提案」「経営戦略の構想」「業務プロセスの再構築」「組織戦略の構想」など、様々なシーンで「創造的思考」が求められます。しかし、多くの場合、ブレイン・ストーミングによるアイデア出しと経験知によって進められるのが事態です。

  • 多くの場合、事業計画段階で、「売れるか売れないか」「投資して回収できるのか」「企業を支える事業になりうるのか」としった視点で評価されます。ここでは「意味」に触れることはあっても、最重要視されるのは「お金」です。
  • そうした評価加えて、「新規事業の開発」の場合であれば、事業計画で着目されるのは、「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」を越えられるかです。イノベーション普及理論であれば「イノベーター・アーリーアダプター・アーリーマジョリティ・レイトマジョリティ・ラガード」の5つの消費層のうち、特に、「イノベーター・アーリーアダプター」を他の企業に先んじて捉えられるかどうかです。個人化し、アイデンティティの実現が求められる今日の社会では、顧客インサイトを理解して顧客経験価値を提供すること、顧客に寄り添うことも求められます。

 これらを乗り超えていく源泉となるのは、そこに込められた「意味」です。しかも、その「創造した意味」に『社会を変え得る訴求力、市場を牽引する影響力、産業構造への波及力、他に真似のできない独自性と希少性を優位性』があるかどうかです。これらの力のある「意味を創造する」ことこそが、企業経営にとって最も大事なことなのです。素晴らしいアイデアや説得力のあるビジネスプランを作ることではありません。

3.「意味を創造する」ということ、

3.1. オントロジーとLLM(大規模言語モデル “Large Language Model” )

 第1章で定義した[1][2][3]のどの「意味」にしても、私たちが「意味」を理解するには[存在との関係](オントロジー)を捉える必要があります。オントロジーは哲学の分野で古代ギリシア時代から現代に至るまで深められてきた概念ですが、IT分野でも、形式意味論とオントロジーが複合して「自然言語理解」の発展を支えてきました。一方、LLMは、大量に読み込んだ文書を学習して生成したデータネットワークそのものが[存在との関係]を実現していますので、現実的には無限の可能性のある「存在と関係」を定義しなくても、文章を解析し生成することが可能になります。このことは、LLMと「語用論 “Pragmatics” 」とが、相性のよい技術であることを示唆しています。

3.2. 意味の創造と創造的思考の暗黙知

 当コラムでは、「創造的思考と暗黙知の関係」を #330 戦略眼と現実解 暗黙知は意味の創造的思考にどのように関与するのか (ポランニー「暗黙知の次元」を参考にして) において考察してきました。

 この「創造的思考と暗黙知の関係」をLLM、および、生成AIの処理プロセスにマッピングすると、生成AIに生成AIにおける文章の解析過程は、ポランニーの「暗黙知の次元」でいう「志向性」「創発」に関連し、文脈の統合プロセスは「境界制御の原理」と関わり、文章生成過程が「包括としての理解」に相当し、データネットワークの再編(自己構造化)が「内在化と内面化」に相当すると考えられます。このことは、LLMや生成AIの技術は「創造的思考の暗黙知」とも相性がよいことを示唆しています。

3.3. 生成AIによる「意味の創造」

 以上の考察を整理すると、LLMや生成AIの技術は「語用論 “Pragmatics” 」「創造的思考の暗黙知」との相性がよく、LLMや生成AIの技術を「語用論 “Pragmatics” 」としての「意味の創造」に活用できるという結論を得ることができます。

4.人とAIの協働と協創

4.1. 人とAIの協働と協創

 人間には限定合理性の制約があります。多様な視点を提供し様々な論点で思考を拡げるのはAIの得意分野です。一方、社会的志向性をインプットするのは人間の役割であり、捨象や懐疑を試行錯誤するのは協働作業が向いていると考えています。「語用論 “Pragmatics” 」における物語を様々に作るのはAIが得意ですが、物語に評価を与えるのは人間です。

 現在のLLMと生成AIの趨勢は「自律型AI」に向かっていますが、現実的に「意味の創造」を実現するためには、「人間とAIの協働と協創」に進むべきと考えられます。また、人間とAIの協働と協創のプロセスは、一度で完結するのではなく、交互に、補い合いながら進めていくのがよいと考えています。そして、この思考過程は、LLMの中でアーカイブとして記憶されて、さらに、自己構造化を繰り返しながら、すなわち、試行錯誤しながら創造的思考を進められればよいと考えます。

 「意味の創造的思考」をAIを活用して実現する方法について考察してきましたが、 大事なことは、「#333 戦略眼と現実解 創造的思考の暗黙知をAIリコメンドシステムに学習させる」 で考察したように、この仕組みを新事業の開発、価値要素の分析と価値提案、経営戦略の構想に役立てるための方法論「#331 戦略眼と現実解 「希少性のある意味を創造する思考」を引き起こすテクニック」 を整備することです。

4.2. 人とAIの協働と協創の未来 「センスメイキング」

 匠の暗黙知は作品に転写されます。そしてその秀逸性によって文化として継承されていきます。暗黙知とは、そのように秀逸性に転写されるものであって、形式知化できないものです。

 「人とAIの協働と協創」の未来の姿として考えられるのは 「センスメイキング」です。本コラムでは「意味の創造」について考察してきましたが、LLMと生成AIの中で作られる暗黙知も、自らが創り出した「創造的思考の秀逸性」を学習して自己構造化することにより進化していきます。これは文化として継承されていくものです。創造的思考の暗黙知は「創造された意味」に転写されるとともに、「人とAIの協働と協創」の会話の過程がアーカイブとして記録され、学習データとして再利用されることで、組織の中に「センスメイキング」されていくことになります。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

 

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【参考文献】

  1. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

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