#350 戦略眼と現実解 文明とは意味循環である (1) 「即非の論理」と「橋と扉」から考えるイノベーション

1.イノベーションへの問いかけ

一般に、イノベーションは、「新しいアイデア」や「新しい技術」によって起こる現象だと考えられています。経済学でも、適度な競争が存在し、先行者利益による超過利潤が期待できるから企業は投資を行い、その結果としてイノベーションが起こると説明されます。シュンペーターの新結合や、アギヨンの内生的成長もこの考え方に立っています。

しかし現実のイノベーションを観察していると、それだけでは説明できない現象が多くあります。その第一に挙げられるのが「なぜ、ある人の仕事や活動は社会に強い影響を与え、文明の方向さえ変えてしまうのか」という疑問です。

2.意味の凝集構造と文明の発展

私はこの問いを考えるために、「意味の凝集構造」を観察する思考実験を続けてきました。具体的には、様々な領域の活動や価値観を記述し、そのキーワードの志向共鳴と共鳴場の生成を分析しました。

するとそこには、中心を持たない網目状の構造が現れます。まるで宇宙に広がる超銀河団のフィラメント構造のように、概念同士が、まるで引力で引き合うように結びつきながら凝集しているのです。

 

この構造を詳細に掘り下げていくと、文明の成長にはいくつかの方向があることが見えてきます。創造性(Creativity)は独自性(Originality)を生み、その独自性がイノベーション(Innovativity(イノベーションへ展開する力))へと展開していきます。技術(Technology)は機能(Function)となり、製品(Product)として社会に現れ、その価値はオーセンティシティ(Authenticity)によって評価されます。また文明は、持続可能性(Sustainability)や多様性(Diversity)といった存在条件に支えられ、生活世界の中では快適性(Comfortability)や行為可能性(Affordance)として人々の生活に現れます。

このように文明は、多くの意味の流れが結びついたフィラメント構造として成長していきます。しかし、この構造をさらに深く観察すると、文明の変化が「意味」から始まっていることが見えてきます。

3.『即非の論理』

この分析で私が多用したのは「即非の論理」という思考方法です。

ある命題Aに即しながら、同時に命題Aに非ずであると捉える瞬間、私たちの中に懐疑が巻き上がります。これまで当然だと思っていた世界の前提が揺らぎます。人間の思考は常に「限定合理性」の中で行われていますが、この瞬間、その境界が揺らぎ始めるのです。

4.『橋と扉』と『新結合と創造的破壊』のアナロジー

そしてそのとき、閉ざされていた世界の扉が開きます。
扉が開いた瞬間、私たちはまだ存在していない可能性の景色を垣間見ることになります。しかし、その世界はまだ現実ではありません。その可能性を現実へとつなぐためには、こちら側の世界と対岸の世界の間に「橋」を架ける必要があります。

この橋こそが、シュンペーターの言う新結合であり、創造的破壊なのです。

5.志向性とアクチュアリティ

しかし、その橋を架けようとする力は、どこから生まれるのでしょうか。

それは人間の志向から生まれます。人はまず志向を持ちます。その志向が他者と共鳴すると、そこに共鳴場が生まれます。そしてその関係の中から、新しい意味が立ち上がります。

このとき現れているのは、まだ言葉になっていない現実です。
現象学の言葉を借りれば、それは「アクチュアリティ」と呼ばれるものです。人々の関係の中で生起している現実が、意味として立ち上がる直前の状態です。

ここで言う「アクチュアリティ」とは、まだ言葉や概念として整理されていないにもかかわらず、人と人との関係の中ですでに現実として起きている出来事を指します。人間の志向が相互の関係の中で共鳴するとき、そこにはまだ名前の付いていない現実が立ち現れます。この関係の現実性こそがアクチュアリティであり、そこから新しい意味が生まれてくるのです。

創造性や独自性は、このアクチュアリティの中から生まれます。

6.意味循環と文明

このアクチュアリティは個人の中で閉じるものではありません。人と人との相互の双方向のやりとりの中で意味は循環します。志向が共鳴し、意味が立ち上がり、その意味が社会の中に転写され、再び新しい志向を生み出します。これが「意味循環」です。

文明とは、この意味循環が社会の中で繰り返されることによって形成されていく過程なのです。文明とは、制度や技術の集積ではなく、意味循環が社会の中で安定したときに現れる一つの秩序なのです。

文明は制度や技術の集積ではありません。文明とは、人間の志向が関係の中で共鳴し、アクチュアリティとして立ち現れた意味が社会へと転写され、その意味が再び新しい志向を生み出していく「意味循環」の運動そのものです。

社会はあらかじめ固定された構造として存在しているのではなく、自律して行動する個々人の相互の双方向のやりとりの中で、絶えず形成され続けています。その意味循環の中で、ときに限定合理性の境界が揺らぎ、新しい世界の扉が開きます。そして人々がその対岸へ橋を架けるとき、文明は静かに姿を変えていくのです。

7.イノベーションと文明

イノベーションとは単なるアイデアではありません。それは、人間の志向が共鳴し、関係の中で立ち上がった意味が社会に姿を現す出来事です。言い換えれば、イノベーションとは意味循環の中で生まれたオリジナリティが社会に顕現する瞬間なのです。

文明は、あらかじめ設計された構造として存在しているわけではありません。自律して行動する個々人の相互の双方向のやりとりの中から意味が立ち上がり、その意味が社会に転写されることで、文明は少しずつ形を変えていきます。

その瞬間、私たちは、人間のオリジナリティが文明の中に姿を現す場面に立ち会うのです。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

  

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【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)

  1. フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
  2. 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
  3. 北川東子他、『ジンメル・コレクション 』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、 1999.1.12
  4. エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
  5. ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
  6. ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
  7. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

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