#355 戦略眼と現実解 イノベーションの文明論 (6) 「意味循環」の空白領域を超える

ここまで見てきたように、「意味」は人々の生活の中で生まれ、人と人との関係の中で循環し、共鳴し、やがて凝集してイノベーションへとつながり、社会を変革し文明の構造を形づくります。

しかし、その一方で、現実の企業はそのプロセスを実現できていません。
日本では、創造的破壊による内生的成長が十分に起きてきたとは言えません。

ここに越えなければならない壁として、最後に残る問いがあります。
イノベーションは必要だと分かっているが、なぜ踏み出せないのか。
背景としては以下の要因を挙げることができます。

  • 既存事業を自ら壊す可能性
  • 経験のない新規事業への投資
  • 株主や従業員への説明責任
  • 既存事業で培ってきた組織文化(強みが活かせない可能性)

これらはすべて合理的な判断材料です。
しかし、その合理性こそが、イノベーションを止めています。
では、これらの要因の深層にある本質的な問題はどこにあるのでしょうか。

それは、リスクが大きいからではありません。
自分たちがどこで思考停止しているのかが、見えていないからです。
そのために必要なのが、「フィラメント分析」です。

1.意味循環の現実

まず、自分たちの事業がどのような「意味循環」の中にあるのかを見てください。

私たちの周りには、生活、知、地域環境、自然環境といった複数の意味の流れが存在しています。
そして、それぞれの領域には、「意味」が集まりやすい「意味循環の局所領域」が存在しています。これらは固定された硬い構造ではなく、見方によっては増減することもありますが、いずれにしても、私たちの事業の周りには複数の「意味循環」の流れが存在しています。

多くの企業は、この局所領域にある凝集場の内部で効率を高め、コストを下げ、品質を改善してきました。しかし、それは、「既存の意味循環」の中での最適化にすぎません。その周りには巨大な接続されていない「意味循環」が存在しています。これは個々の企業から見れば「空白領域」ともいえる存在です。

本当に見るべきなのは、どの「意味循環」との接続がないのかです。「意味循環」が止まっている「意味の凝集構造の滞留点」です。この滞留点を見つけることにより「意味循環の空白領域」を特定することができます。

1.1. 凝集構造における凝集点の導出

上図中央にある「意味循環の凝集場」には、[存在][時間][関係]という3つの円が置かれています。着目すべきは、この3つの円が別々にあることではなく、重なり合っている領域があることです。私は、この重なり合う領域こそが、「意味循環」が強く立ち上がる「凝集点」だと考えています。

なぜなら、「意味」は「それが何であるか」という[存在]だけからは生まれないからです。「意味」は、[それがいつのことなのか]という時間の文脈と、[誰と誰のあいだで起きているのか]という関係の文脈が重なったときに、初めて切実な「意味循環」として立ち上がります。

たとえば、自社の技術があるというだけでは「意味循環」にはなりません。その技術が、いまという時代の中で、どのような人々との関係の中で必要とされているのかが重なったとき、初めて「意味循環」が起きて新しい価値の可能性が見えてきます。

逆に言えば、多くの企業で思考が止まるのは、この3つを切り離して見ているからです。存在だけを見れば「うちにはこの技術がある」で止まります。時間だけを見れば「市場が変わっている」で止まります。関係だけを見れば「顧客ニーズを把握しよう」で止まります。

しかし、本当に見るべきなのは、その3つの円が交わる場所です。そこにこそ、まだ言葉になっていない「意味」が凝集しています。

1.2. 喪失されたオリジナリティを取り戻す

ここで認識すべきことは、「この凝集点を見つけられないということは、自分自身のオリジナリティの発揮がその場所で停止しているということ」です。単に分析が足りないということではありません。

自社の技術も、人々の暮らしの変化も、顧客との関係も見えている。それでも新しい価値が立ち上がらないとすれば、問題は情報不足ではありません。[存在][時間][関係]が交差する『凝集点』で、自社ならではの「意味循環」を見いだせていないのです。

『凝集点』は、自分自身のオリジナリティが立ち上がる場所であり、同時に、そこに届かなければ思考が停止してしまう境界でもあります。

2.フィラメント構造

それでは、この『凝集点』を如何に見つけ出せばよいのでしょうか。
ここで、次に示す「意味循環凝集構造(フィラメント構造)」で「意味循環」がどのように構造化されているのかを見てください。

このフィラメント構造は、思考実験を通して観測された「意味の凝集構造」です(#350 文明とは意味循環である (1) 「即非の論理」と「橋と扉」から考えるイノベーションイノベーションの文明論 (2) 「意味凝集度分布分析」という思考実験 参照)。

「意味循環」は、志向の共鳴によってフィラメント構造を形成します。観測の結果、この構造は、創造、生産、生活世界、存在条件、人間行動、文明といった複数のフィラメントによって構成されていること、そして、すべてのフィラメントは意味フィラメントによって引き寄せられていことが判明しています。また、この構造は、中心を持たず、因果関係ではなく志向の共鳴によって形成される非中心的な構造であることも判明しています。

2.1. 意味循環の空白領域との新結合

ここで最も重要なことは、既存のフィラメントと、まだ接続されていないフィラメントを結びつけることによって新結合が生まれるということです。

例えば、既存事業でつながりのあった[創造フィラメント]と[生産フィラメント]に対して、新たに[生活世界フィラメント][存在条件フィラメント]を結びつけてみることです。これはマーケティング視点では、プロダクトアウトの視点から顧客の生活視点、エシックスの視点を結びつけることに他なりません。

この新たな凝集点を見いだすことは、その企業が追求してきたオリジナリティを深めて、さらに、生活視点や社会視点での意味循環を結びつけてオリジナリティに新たな意味循環を組み込むということです。これこそが空白領域との新結合です。そして、イノベーションは新結合によって起ち上がるのです。

2.2. 「即非の論理×橋と扉」の接続

では、その新結合はどのようにして見い出せばよいのでしょうか。
それが「即非の論理 × 橋と扉」です。

既存の意味を揺らし、限定合理性の境界を越え、新しい意味への扉を開く。そして、その意味を社会へと接続する橋を架ける。このとき、はじめて意味はフィラメントを越えて接続され、創造的破壊が起こります。

下図は 本コラム #351 戦略眼と現実解 イノベーションの文明論 (2) 「意味凝集度分布分析」という思考実験 で掲載しました『「即非の論理×橋と扉」転回思考体系 学習データの構造 』の再掲です。

上図『意味循環凝集構造(フィラメント構造)』(再掲版)の分析はこの体系(学習データの構造)によって行ったものです。このフォームに具体的なデータを入力し、学習データとして読み込むことで本分析を行い「空白領域」を見つけることができます。

  

3. 行動の転回

重要なのは、繰り返しになりますが、イノベーションとは、新しいアイデアを創り出すことではありません。自分たちの事業の中にある「空白領域」を見つけ出して新たな「意味循環」を創り出すことです。

そして、その間に橋を架けることです。
その一歩は、小さくても構いません。
しかしその一歩が、「文明」を動かします。

3.「文明」への道

「文明」は、どこか遠くで生まれるものではありません。
「意味循環」は常に、私たちの目の前に存在しています。

見えていないのは、その「意味」ではなく、接続されていない構造です。

「文明」とは、「意味循環」の空白領域をつなぎ、イノベーションを引き起こし、その意味を社会に定着させることで前進していくものなのです。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

  

【関連するコラム】

【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)

  1. フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
  2. 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
  3. 梅棹忠夫、『情報の文明学』、(中公文庫 う 15-10、中央公論社、1999.4.1
  4. 北川東子他、『ジンメル・コレクション 』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、 1999.1.12
  5. エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
  6. ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
  7. ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
  8. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

 

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