#354 戦略眼と現実解 イノベーションの文明論 (5) 「意味」はどのように「文明」になるのか

ここまで私は、「意味」が人々の生活の中で生まれ、人と人との関係の中で循環し、共鳴することで新しい価値が生まれると述べてきました。

しかし、ここで一つの根本的な問いが立ち上がります。
現実の企業組織は、そのようには動いていないのではないか、という問いです。

多くの企業では、課題に対して要素を分解し、その関係を分析し、因果関係を特定し、最適な解を導くというプロセスで意思決定が行われています。そこでは、中心が存在し、全体をコントロールするという前提が暗黙のうちに置かれています。

しかし、この構造の中では、「意味」は循環しません。
「意味」は生まれても流れず、共鳴せず、やがて固定されてしまいます。
にもかかわらず、企業は価値を生み出そうとしています。この矛盾こそが、現在の組織が抱えている本質的な問題です。

では、「意味」はどのように循環し、どのようにして文明へと至るのでしょうか。

1.現実の組織

下図は、企業における意思決定とコミュニケーションの構造を示したものです。平面的に描いていますが、階層組織における上意下達型のコミュニケーションであれば、この構造を階層化することになります。フラットなネットワーク組織でもこの構造でコミュニケーションが図られています。また、少し以前に流行ったグループウェアシステムや様々なマネジメントシステム、現在の自律型AIシステムにおいても、実現しようとしているコミュニケーションは、おそらく、この構造をとるものと考えられます。

では、現実の組織で「意味」が循環しているのでしょうか。

この構造は、PDCAサイクルを回して業務を進めるマネジメント組織においては、合理的であり、効率的です。このシステムは、事実に基づく情報は処理され、意思決定の最適化、計画の指示と実施展開、状況・状態・進捗・結果や成果の報告、フィードバック(日程・リソース投入調整)が迅速かつ的確に行われるように設計されています。

しかし、このコミュニケーションシステムは、経営と現場の間での相互の「双方向の意思疎通」「意思決定」の連なりの効率化に主眼が置かれており、そこには「意味の循環」は行われません。おそらく、組織の中で形成されている情報を共有する共通基盤(間主観の形成)に抑制されて「意味を問う」ことはありえないでしょう。

すなわち、現実の組織、コミュニケーションシステムは「意味を固定する」仕組みなのです。結果として、この構造の組織では、「意味」は生成されても循環せず、共鳴し、広がっていく構造にはなっていません。「生成された意味」は組織の中に流れず滞留し消滅します。

組織は合理的であるがゆえに、「意味」を失う
この構造を超えない限り、どれほど優れた戦略や技術があっても、新たな価値の創造(既存の価値の創造的破壊)は起こらないでしょう。

2.意味の循環構造

「意味」は、静的なものではありません。人と人との関係の中で生成され、変化し続ける動きとして存在しています。私はこれを「意味の循環構造」と呼びます。

「意味」は、対話の中で生まれ、判断の中で形を持ち、行為の中で社会に現れます。そしてその結果として新しい経験が生まれ、そこからまた新しい意味が生まれていきます。そして「意味」が流れることで循環が起きます。

新たな価値を創造するために、企業や組織のコミュニケーションシステムは「意味の循環構造」を持ったシステムでなければなりません。

3.即非の論理 × 橋と扉=イノベーション

この循環の起点となるのが『即非の論理 × 橋と扉』という思考です。

『即非の論理』とは、既存の前提に即しながら、その前提を「非ず」と否定し揺らすことで、新しい意味への転回を生み出す思考です。

企業や組織には限定合理性の境界には『扉』があります。新しい「意味」への転回は『扉』を開き、「意味の循環構造」は「意味」を社会へと接続する『橋』となります。『橋』は「新結合」となり、対岸へ渡ることで創造的破壊が引き起こされます。これはイノベーションのアナロジーですが、イノベーションこそが新たな価値を創造する源泉なのです。

4.意味の凝集とフィラメント構造

「意味」は人々の「志向」を媒体として循環していくものです。
人々の「志向」が重なる領域では「意味」が強く結びつき共感されることで循環するのです。
そして「意味」の循環と共鳴が始まると、自ずと(自己生成的に)構造が形成され始めます。「意味」は流れるとき循環であり、集まるとき構造になるのです。

それは均一に広がるのではなく、「志向」が向かう方向に沿って集まり始めます。しかも、この集まりが分岐し他の集まりと合流しながら束を形成し、さらに、束自体も相互に連結されることで、ネットワーク状の構造が生まれていきます。

これがフィラメント構造です。
この構造は、中心を持たず、因果関係によってではなく、志向の共鳴によって形成され続ける動的な構造です。

下図は、思考実験を通して観測された「意味の凝集構造」を示します(#350 文明とは意味循環である (1) 「即非の論理」と「橋と扉」から考えるイノベーションイノベーションの文明論 (2) 「意味凝集度分布分析」という思考実験 参照)。

この図は、組織における意味循環が、社会において意味凝集へと接続され、その凝集がフィラメント構造を形成していくプロセスを表しています。

5.「意味」「意味の循環と凝集」「フィラメント構造」とイノベーション

『即非』によって「意味」が揺らぎ、組織の中にある限定合理性の『扉』が開き、『橋』が架かるとき、個人の内面で芽生えた「意味」は「フィラメント構造」に沿って社会の中へと流れ出します。そしてそこでは非連続に新結合と創造的破壊が引き起こされます。

今のマネジメント組織やコミュニケーションシステムによる効率の追求やコスト削減だけでは、創造的破壊は起きません。イノベーションはどんなに素晴らしいアイデアであっても引き起こされるものでもありません。

イノベーションとは新結合と創造的破壊が非連続に社会に現れる事象です。それは、「意味」の新しい結合が社会に現れる瞬間でもあります。

「意味」「意味循環と凝集構造」「意味のフィラメント構造」が社会の中にイノベーションを引き起こすのです。

6.「文明」とイノベーション

文明学者の梅棹忠夫氏は「文明」を「人間と装置群によって構成される一つのシステム」であると定義しています。

人々の生活の中で「意味」が生まれ、人と人との関係の中で循環し、志向性によって共鳴し、自己生成的に凝集してイノベーションを引き起こし、社会に持続的に定着して社会変革を起ち上げていくだけの力をもったとき、はじめて「文明」は姿を現します。

しかし、「意味」が循環し凝集してイノベーションを引き起こすだけでは「文明」とは言えないでしょう。引き起こしたイノベーションが、さらに、社会の中で持続的に定着し発展していく原動力となって社会変革が起ち上がったとき「文明」となり、「文明」から「文明」へと前進していくものです。

『文明』とは、私たち一人ひとりが主役のシステムです。
個々人、組織、企業は、「意味創造」「意味の循環構造と凝集構造」「意味のフィラメント構造」という装置とともに、「文明」というシステムを築き上げています。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

  

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【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)

  1. フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
  2. 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
  3. 梅棹忠夫、『情報の文明学』、(中公文庫 う 15-10、中央公論社、1999.4.1
  4. 北川東子他、『ジンメル・コレクション 』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、 1999.1.12
  5. エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
  6. ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
  7. ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
  8. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

 

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