今日、「個人化した多様性を包摂する社会」が世界の底流にあるトレンドです。また、生成AIの社会への普及と文化への浸透が急速に進んでいます。そして、この2つの流れの融合がこれからの社会の新たな在り様となります。
こうした状況の下で、新たな「社会変革の破壊的イノベーション(ディスラプション)」への意識の変革が企業経営に求められています。「個人化した多様性を包摂する社会」への変革が求められる今こそ、日本人の創造的思考も変革していかなければなりません。
1.アイデンティティの実現
かつて、「モノの所有」がアイデンティティを実現するキーアイテムでした。人の心の奥底には高価なモノを所有して優越感に浸りたいという心理はあるだろうし、「モノの消費」によって満足感を得る瞬間があるかも知れません。一方、「いつもとちょっと違う貴重な体験」「いつもよりちょっと贅沢な時間の消費」に関心が集まっているように、今日では「私だけの物語」「コトの消費」へと人々の消費行動は変化してきています。
しかし、人権や自然の権利の重さを感じ、相手の尊厳を尊重し、誰もが「私だけの物語」を求めて生きていることに思いを致し、そうした寛容な心の在り様に共感し、みんなが共に生きているという感覚がなければ、アイデンティティの実現はあり得ません。これこそが「個人化した多様性を包摂する社会」という世界中で起きている新たなトレンドの本質であり、今求められている変革の本質です。
2.変革が求められる今こそ、日本人の創造的思考の変革が必要です
「モノの所有」「モノの消費」の時代、特に、近代化によって生活の利便性を向上させる「大量生産-大量販売-大量消費-大量廃棄」の時代の変革とは、「市場が求める製品を生み出し、効率よく生産し、適正価格で消費者に提供する」ことでした。「私だけの物語」「コトの消費」に消費行動が変化してきたとはいえ、変革への思考が変化とは言えません。結局、顧客をステレオタイプに眺めて類型化し製品を画一化すること、業務を標準化し均質化してプロセスの流れを滞りなく高速にすることが合理的であり、日本人の創造的思考も、相変わらずその一点に集中しています。
しかし、「個人化した多様性を包摂する社会」というトレンドの下では、それは必ずしも合理的とは言えません。日本人の創造的思考そのものの変革が必要なのです。
- 「顧客をステレオタイプに眺めて層化分類して製品を画一化する」という考え方は相いれられません。
- 「大量生産-大量販売-大量消費-大量廃棄」時代の社会の中で顕在化した不便の解消や社会的課題に対する解決策は、ESGフレームワークでの取り組みも、「個人化した多様性を包摂する社会」においては画一化されたニーズへの対応の一つでしかありません。
- 生成AIは革新的な技術です。しかし、その利用が従来の合理的思考に基づく業務改革である限りにおいて、これも画一化されたニーズへの対応の一つでしかありません。
- 変革も、これまでの文脈に基づく変革であれば、画一化されたニーズへの対応の一つでしかなく、変革自体も変革しなければなりません。
3.これまでの思考の方法論の限界
「個人化した多様性を包摂する社会」の新たな在り様の下で必要なことは、「私だけの物語」「コトの消費」によるアイデンティティの実現を考えなければなりません。それでは、「私だけの物語」「コトの消費」によるアイデンティティを実現するためにはどうすれば良いのでしょうか? 以下に、凡そ想定される方策を列挙してみます。
- 一人ひとりの顧客との対話を重ねて、その人が何を叶えたいと思ているのか聞き出す
- 一人ひとりの顧客の購買履歴とプロフィールから、類似する属性の顧客の購買傾向より類推する(統計解析、および、購買パターンを学習させたAIによる推論)
- 類型化したニーズと販売実績をデータベースに登録して、現場で閲覧できるようにする(現場で起きていることを登録する)
- 対面での販売経験を積んだ販売員に助言を求める
- 生成AIに聞いてみる
- 現場経験のある有識者や心理学、行動経済学、社会学の知見を持つ人を集めたワークショップを開催し、ブレインストーミングによるアイデアを出し合う(デザイン思考を活用する) など
これらの方策には決定的な欠点があります。
- 顧客自身、自分が本当に欲しいと望んでいることに気がついていない
- 顧客は目の前の商品を見て必要なものを選んでいるのであって、新たな欲しい機能を具体的に思い描いているわけではない(顧客は知らない、提案を待っている)
- 個々の顧客のニーズは多様であり、移ろうものである(個々の顧客のニーズは無数にある)
- データは過去のものであり、経験も過去のものである(新しい状況には対処できない可能性がある)
- 実績データにも、AIの学習データにも偏りがあり、また、分析する人の分析軸にも偏りがある(フレーム問題がある) など
「大量生産-大量販売-大量消費-大量廃棄」時代には、こうした欠点があるものの、顧客をステレオタイプに眺めて類型化し仮説と検証を重ねることで、近似解を追究してきました。また、経験豊富な人の暗黙知を形式知化して、最適と思われる解を共有してきました。しかし、「個人化した多様性を包摂する社会」の新たな在り様の下では、これらの思考の方法論が通用しなくなったことを、私たちは認識しなければなりません。結局、限定合理性と予定調和の中で、私たちは生きているという現実があるのです。
4.新たな創造的思考の仕方
これまでの思考の方法論の限界はどこにあるのでしょうか? 私たちは、新しい社会の在り様の中で、未来を切り拓いていかなければなりません。そこには色々な仮説が打ち立てられ、試行錯誤して発展していくしかないのでしょう。その仮説の一つとして、当社では「意味の創造」を提唱しています。
先に『人権や自然の権利の重さを感じ、相手の尊厳を尊重し、誰もが「私だけの物語」を求めて生きていることに思いを致し、そうした寛容な心の在り様に共感し、みんなが共に生きているという感覚がなければ、アイデンティティの実現はあり得えない』と指摘し、それこそが「個人化した多様性を包摂する社会」の本質であると記しました。
アイデアは、ふとしたことからの気づきからでも、セレンディピティによっても湧き上がってくるものです。しかし、「個人化した多様性を包摂する社会」に向けたディスラプションは、目の前にあることの不便の解消や利便性の追究のための改善ではなく、売れる商品のアイデア出しでもありません。「個人化した多様性を包摂する社会」の本質の意味まで深掘りして辿りつけるものです。
「人は創造的思考ができ、AIは創造的思考ができない」というのが常識です。しかし、本当にそうでしょうか? 当社では、戦略眼と現実解のコラム「人は創造的思考ができるのか? AIは創造的思考ができないのか?」において、この点を検証しています。結論としては、その逆で「人は創造的思考ができないが、AIは創造的思考ができる」でした。
それでは、AIを使用して、私たちは創造的思考を深掘りしていけばよいのでしょうか? その詳細は 同コラム「「希少性のある意味を創造する思考」を引き起こすテクニック」 に示しています。これは仮説の一つであり、検証を進めていくべきことです。
しかし、今現在の新たな動向として、生成AIを活用して創造的思考をしようという試みが始まりつつあります。まだ、アイデア出しの段階のものもありますが、新たな趨勢は「生成AIによる創造的思考」へと向かっています。当社が提唱している『創造型AI』の時代への移行が始まっているのです。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
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