#352 戦略眼と現実解 文明とは意味循環である (3) 「即非の論理 × 橋と扉」入門

企業の経営者は、自社の事業に対して強い信念を持っています。その事業で会社は成長してきましたし、社員も顧客も、その事業の中で価値を生み出してきました。だからこそ経営者は、既存事業の維持・改善・強化に集中します。それは極めて合理的な判断です。

しかし、ここに一つの疑問があります。それは「企業が合理的に行動すればするほど、思考は既存事業の前提の中に閉じてしまうのではないか」という疑問です。

1.限定合理性の境界

企業は社会の変化を鋭い視点で認識しています。当然のことながら、暮らしの中で人々が求める価値は変わり、市場の構造も変わり、世界では技術が進化し、顧客が経験したい価値も変わっていっていることを認識しています。

しかし、こうした変化を理解し、その影響を直感しても、「では何をすればよいのか」という問いに対しては、変化に適応すればよいという思考が真っ先に働いてしまいます。新しい事業を起ち上げてイノベーションを起こし、既存事業を創造的破壊すれば良いなどとは、到底、あり得ない発想です。

危機は感じているのに、抜本的な次の一歩が見えない。こうした状態は決して珍しいことではありません。この状態を私は「限定合理性の境界 の中で思考している状態」だと考えています。人間の思考は、過去の経験と成功の枠組みの中で形成されています。そのため、既存の前提の中では合理的な判断ができても、その前提自体を疑うことは容易ではありません。

2.「即非の論理」による思考の転回

ここで必要になるのが「即非の論理」という思考方法です。

即非の論理とは、「命題Aであることに即し、しかも命題Aに非ず」と考える視点です。例えば、ある事業が成功して業績を伸ばしてきた経験をもとに「この事業によって会社は成長していく」という命題を仮定してみます。そして、「この命題に即して、会社はこの事業で成長していく」と同時に「しかも、この命題に非ず、会社はこの事業で成長していかない」と否定するのです。

この思考は、無意識に思い込んでいた前提をゆらすことになります。すると、「この事業だけで未来は開けるのだろうか」と問いかけてみることになります。さらに深く考えて、「私たちの会社が社会から消えたら、誰が困るのだろうか」と考えてみることにもなります。

3.「即非の論理」から「橋と扉」へ

こうした問いは、すぐに答えを求めるものではありません。むしろ、これまで当然だと思っていた前提を揺らすための問いです。

3.1. 扉が開く

思考の前提が揺らいだとき、私たちの前に新しい可能性の世界が見えてきます。私はこれを「扉が開く」と表現しています。

それまで閉ざされていた思考の扉が開いたとき、企業の中に新しい志向が生まれます。現場の経験、技術の可能性、顧客との関係、地域とのつながりといった要素が、新しい意味を持ち始めるのです。

3.2. 橋を架ける “新結合”

しかし、その可能性はまだ現実ではありません。そこにはまだ橋が架かっていないからです。
企業がその可能性に向かって橋を架けようとするとき、既存の要素が新しい形で結びつきます。

技術と体験、製造と物語、機能と意味といった新しい結合が生まれます。経済学者シュンペーターが「新結合」と呼んだものは、この橋を架ける行為の中で生まれるのです。

3.3. 即非 × 橋と扉

イノベーションは突然現れるアイデアではありません。既存の前提に即しながら、その前提を揺らす瞬間があり、そこから新しい可能性の扉が開き、その先に橋を架けようとする行為の中で生まれます。

私は、この思考の転回のプロセスを「即非の論理 × 橋と扉」と呼んでいます。

4.新しい志向を生み出すという循環 “創造的破壊”

企業の変革とは、単に新しい事業をつくることではありません。自分たちの存在が社会にとってどのような意味を持つのかを問い直し、その意味を新しい形で社会に転写していくことです。そこでは、人と人との関係の中で意味が生まれ、その意味が社会に広がり、また新しい志向を生み出すという循環が起こります。

この意味の循環こそが、企業を成長させ、社会を変えていく力なのです。

5.「即非の論理 × 橋と扉」の思考練習

ではここで、企業経営の現実に引き寄せながら、この思考方法を簡単な問いで試してみましょう。


問いかけ ① この事業は、10年後も本当に存在しているだろうか。

多くの企業は

  • 市場が変わる
  • 技術が変わる
  • 顧客が変わる

ことを理解しています。しかし本当の問いは次です。

そのとき、あなたの会社は何を提供する会社なのか。


問いかけ ② あなたの会社が社会から消えたら、誰が困るのか。

ほとんどの企業はここで言葉に詰まります。なぜなら多くの企業は

  • 製品
  • 技術
  • 業界

で自社を定義しているからです。しかし社会はそれで企業を必要としているわけではありません。

社会が必要としているのは その企業が生み出している意味 です。


問いかけ ③ あなたの会社にしか生み出せない価値は何か。

この問いに対して

  • 品質
  • 技術
  • 実績

と答える企業は多いです。しかし、それらはほとんどの場合、他社も持っています。

そこで次の問いになります。あなたの会社の存在が社会にとってどんな意味を持つのか。


この「即非の論理 × 橋と扉」の思考練習をどの様に感じましたか?
しかし、これはゲームではありません。現実には、企業経営は、顧客だけでなく、株主に対して責任を負っています。従業員に対しても叶えたい夢の実現と現在だけでなく将来の生活がかかっています。
だからこそ、この思考練習の問いかけは重要な意味があるのです。

ここで重要なのは、この問いにすぐに答えることではありません。
むしろ大切なのは、これまで当然だと思っていた前提が揺らぎ、新しい問いが生まれることです。企業のイノベーションは、完成された答えから始まるのではなく、こうした問いの中から生まれます。既存の前提に即しながら、その前提を疑う瞬間が生まれたとき、思考の扉は開きます。そして、その先に橋を架けようとする行為の中で、新しい価値が社会に姿を現していくのです。

次回のコラムでは、「即非の論理 × 橋と扉」という思考方法が、どのようにして意味を生み出し、その意味が社会の中で循環しながらイノベーションへとつながっていくのかについて、もう少し具体的に考えてみたいと思います。

企業の未来は、既存事業の延長線の中ではなく、この思考の転回の中から見えてきます。

   

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純

  

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【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)

  1. フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
  2. 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
  3. 北川東子他、『ジンメル・コレクション 』、ちくま学芸文庫、筑摩書房、 1999.1.12
  4. エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
  5. ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
  6. ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
  7. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)

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