#349 戦略眼と現実解 イノベーションとは、オリジナリティが社会に起ち現れる瞬間である

多くの経営者の方々と話していると、ある共通した感覚を耳にします。
「新しいことをやらなければならない。しかし、何をすれば本当のイノベーションになるのか分からない。」

市場分析を行い、戦略を立て、最新の技術や事例も研究している。それでもなお、どこかで感じているのは、イノベーションとは単なるアイデアの問題ではないという直感です。実際、多くの企業が優れたアイデアや技術を持ちながら、それだけでは社会を変えるような革新には至っていません。

客観的に見れば、イノベーションは、適度な競争が存在し、先行者メリットによる超過利潤が期待できるときに投資が行われることで生まれる、と説明されることがあります。しかし、実際の社会では、イノベーションは、経済的条件だけで機械的に生まれるものではありません。

1.イノベーションは人の思いや志向が共鳴する場から生まれている

では、イノベーションとは一体何なのでしょうか。

イノベーションという言葉は、しばしば「新しいアイデア」や「技術革新」と同義のように語られます。しかし、実際の社会を見ていると、イノベーションは単なるアイデアの組み合わせによって生まれるものではないことに気づきます。むしろそれは、人間の生き方や関係のあり方の中から、静かに起ち現れてくる現象です。

1.1. 人は志向性を持って社会の中で生きている

私たちは通常、イノベーションを「発明」や「技術」から説明しようとします。しかし、その前にあるもっと根元的なプロセスを見落としているのではないでしょうか。

出発点にあるのは、自律した個人の存在です。人はそれぞれ、経験、関心、問題意識、価値観を持ちながら世界と向き合っています。この世界へ向かう内的な方向性を、哲学では「志向性」と呼びます。つまり人は、ただ存在しているのではなく、常に何かへ向かいながら生きているのです。

1.2. 志向性の共鳴とアクチュアリティ(現実性)

この志向性は一人で完結するものではありません。人が他者と出会い、相互にやりとりを始めたとき、互いの志向性が交差します。そして時に、その志向性が響き合う瞬間が生まれます。私はこれを「志向性の共鳴」と呼んでいます。

志向性の共鳴は、単なるコミュニケーションではありません。それは、互いの存在が関係の中で現実化する瞬間です。言い換えれば、関係そのものが「現実の出来事」として立ち上がる状態です。哲学的には、この状態をアクチュアリティ(現実性)と呼ぶことができます。

1.3. 自己生成する「共鳴場」が形成され、関係のアクチュアリティの中で「意味」が生まれる

この共鳴が起こると、そこには自然に「場」が生まれます。この場は、会議室や組織のようにあらかじめ設計された空間ではありません。相互作用の中から自己生成する、意味が生まれる場です。

そして、この共鳴場の中で、これまで当たり前だと思われていた意味が静かにやらぎ始めます。
そのゆらぎの中から、これまで存在していなかった意味が人の意識の中に立ち現れてきます。

重要なのは、意味は人が意図的に作り出すものではないという点です。また、世界にあらかじめ存在しているものを発見するだけでもありません。意味は、関係のアクチュアリティの中で、ふと現れてくるものなのです。

この瞬間こそが「意味の創造」です。

2.「転写」と「オリジナリティ」

2.1. 「転写」と「投射」

しかし、意味は立ち現れただけでは社会に影響を与えません。
人はそれを言葉や作品、記録、製品、サービス、制度などの形で世界に表現します。私は、この行為を「転写」と呼んでいます。

転写とは、単なる情報の記録ではありません。
関係の中で立ち現れた意味を、言葉や作品、製品、制度などの形で世界に表現する行為です。

なお、ここで言う転写は、哲学で言われる「投射」とは異なります。転写は、人が自分の意味を世界に押し出すことではなく、関係の中で立ち現れた意味を、世界の中に表現として残す行為です。

2.2. 「オリジナリティ」の顕現

意味の創造と転写が結びついたとき、そこに現れるのが「オリジナリティ」です。

オリジナリティとは、奇抜なアイデアのことではありません。それは、自律した主体が関係の共鳴の中で出会った意味を、自分自身の表現として社会に示すことです。

3.「オリジナリティ」が社会に顕現し「イノベーション」が起ち上がる

このオリジナリティが社会に現れるとき、人々の関係が変わり、新しい場が生まれ、新しい活動が始まります。その結果として、社会の構造が少しずつ変化していきます。

この変化の連鎖こそが、イノベーションです。

つまりイノベーションとは、アイデアが突然世界を変える現象ではありません。それは、人のオリジナリティが社会に顕現し、新しい意味の関係が生まれるプロセスなのです。

3.1. 「意味の循環」と「社会の生成」

社会は、固定された構造として存在しているわけではありません。自律した主体同士の相互作用の中で、意味が生まれ、共有され、変化していくことで、社会そのものが生成され続けています。

この意味の循環が続く限り、社会は衰退することなく、新しい文明へと向かっていくことができます。

3.2. 企業経営に問われること「オリジナリティが社会の中に現れる環境をつくる」

企業経営においても、単にアイデアや戦略を求めるだけでは十分ではありません。本当に重要なのは、そこで働く人々のオリジナリティが社会の中に現れる環境をつくることです。

人が自律し、互いの志向性が共鳴し、意味が立ち現れる場が生まれるとき、イノベーションは自然に起こります。

繰り返しになりますが、イノベーションとは、新しいアイデアを思いつくことではありません。
人が自らのオリジナリティを社会の中に表現し、その意味が他者との関係の中で共鳴するとき、社会は静かに姿を変え始めます。

イノベーションとは、私たち一人ひとりが、自分の存在の意味を社会に示す出来事なのです。
そしてそれは、人間のオリジナリティの魅力が社会に姿を現す瞬間でもあります。
社会の未来は、まさにこの瞬間の積み重ねの中から形づくられていくのです。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

  

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【参考文献】 (背景として影響を受けた思想)

  1. 鈴木 大拙,篠田 英雄 著、『日本的霊性』(岩波文庫 青 323-1)、岩波書店、1972.10.16
  2. フィリップ・アギヨン,セリーヌ・アントニン,サイモン・ブネル 著)、村井章子 (翻訳)、『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』、東洋経済新報社、2022/11/25 (原著:2020)
  3. エドムント・フッサール著、細谷恒夫,木田元訳、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』,中公文庫 フ10-1、中央公論新社、1995.6.18
  4. ハンナ・アーレント著、志水速雄訳、『人間の条件』、ちくま学芸文庫 ア7-1、筑摩書房、1994.10.6(原著 1958)
  5. ハーバート・A・サイモン、松田武彦.高柳暁,二村敏子訳、『経営行動 経営組織における意思決定プロセスの研究』、ダイヤモンド社、1965 (原著初版:1945,第三版:1976)
  6. マイケル・ポランニー 著、高橋勇夫 訳、「暗黙知の次元 」(ちくま学芸文庫 ホ 10-1)、筑摩書房、2003.12.10 (原著 1966)
  7. 佐藤俊樹、 『意味とシステム ルーマンをめぐる理論社会学的探究』、勁草書房、2008.10.25

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