#253 「自律し自立する」から「自立し自律する」へ

 人事管理、特に、人的資源管理の教科書を見ると、人は「自律し自立する」という順番で成長していくとされています。
 確かに、企業に入社したての人は、企業の文化や慣習、業務の進め方に不慣れなために、自分独りでは何もできないかも知れません。一方、「指示待ちで働く人」という言葉はある種の批判めいた言葉として使われています。そして「人に言われなくても、自分で判断して行動しなさい」というフレーズが合わせて使われます。
 「人に言われなくても、自分で判断して行動する」ということは「自分なりに規範を持って働く」ということ、すなわち、『自律する』ということです。人は自律して働けるようになったら一人前***と認められることであり「自立」できていると周りからも見られるようになります。だから「自律し自立する」という順番になります。

 しかし、そもそも、人には分け隔てなく人権が保障されています。子どもの頃は経済的には親の脛を噛って生きていますが、誰しもアルバイトなどをしながら少しでも経済的にも自立しようと意識して生きています。社会の中では誰もが自立した存在・・・・・・であり、個人の自由意志が認められ、個々人の人格が尊重され、自他の尊厳を大事にして生きています。
 最近は情報ネットワーク技術の発達で、誰もが、社会で起きている事象等についての様々な情報を得ることができます。SNSの発達で自らの意見を社会に向けて発信することもできるし、他者と意見を交換することもできます。まさに、自立した存在・・・・・・で自由意志が認められ、人格が尊重され自他の尊厳を大事にして生きている個々人は、「社会の中で自立」していくことができる時代です。そして社会の中で自立した人たちは自分なりの規範を築いて生きてもいます。
 そうした「社会の中で自立」した人たちは、企業の存在意義や存在目的を意識しており、自らの生きる目的と共鳴できる企業を見つけて雇用関係を結びます。確かに、最初の頃は、その企業なりのやり方に慣れる必要がありますが、そうした時期を乗り越えれば、人は自分なりの規範、知識、経験に基づいて「組織の中で自律」して行動するようにないます。だから「社会の中で自立し組織の中で自律して働く」という順番になります。

 かつて、大量生産・大量販売・大量消費の経済の下では「経済合理性」が重視されていました。人も組織の中の歯車として、すなわち、19世紀末頃に提唱された「分業」という構造の中で決められたことを決められたようにこなすことが求められていました。組織の視点は、もっぱら、如何に効率よく分業するか、分業されたルーチン(作業)を効率よく行えるかといった、標準化や業務プロセス改革に注がれていました。
 現在は、DX化等によって組織内の情報化が進み、いわゆる「情報の非対称性」が崩れてきていいます。逆に言えば、これからの企業は組織内の「情報の非対称性」を少しでも早く少しでも積極的に取り払わなければなりません。そうすれば、個々人の人たちは相互に協力しながら仕事をこなすことができ、高生産性や唯一無二の企業価値創造ができてるようになります。

 これからの「分業」は、上からの構造化として形成されるのではなく、社会の中で自立し組織の中で自律して働く人たちが夫々の専門の得意分野で役割を分担して協働するために分業するという自然発生的に形成される「分業」となっていくと考えられます。

【参考文献】

  1. エミール・デュルケーム著, 田原音和訳, 『社会分業論』,ちくま学芸文庫テ-10-3, 筑摩書房, 文庫版 2017(訳本1971 原著 1893)

 
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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