#328 戦略眼と現実解 「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」への深化

 「#326 戦略眼と現実解 何故、今の日本企業に内発的な変革が起きないのか 日本人の暗黙知を考える」での論点は、今日の様なアイデンティティ化した社会、あるいは、個人化した社会では、「多様な顧客の深層にある願いに共感しそれを叶えることのできる価値(顧客経験価値)を提供するために、相手を理解してきめ細かに対応することのできる想像力と創造力が必要である」ということでした。そして、それは標準化したりマニュアル化したりすることのできない「形式知化することのできない暗黙知」であるとも記しました。

 ここではさらに、「創造的思考」の目的が「事物の創造」から「希少性のある意味の創造」へと深化していることを示し、新たに求められる暗黙知について深掘りすることにします。

1.「創造」とは、どういうことなのか?

 「創造」という言葉が意味することは、本来、「社会に未だ存在しない事物を創り出す主体的な行為」です。

1.1. イノベーションについて

 イノベーションと言う言葉には多義性があります。論者によって様々な定義があり、様々な様態のイノベーションが存在し、列挙すればするほど混乱も生じます。しかし、元々は、シュンペーターによる「経済発展の理論」で概念化された言葉であり、①不連続、②創造的破壊、③新結合を特徴とするものであり(シュンペーター 1926 #1)、ここから様々に分化したものと考えられます。

 そもそも、イノベーションを起こしうる変革は既存事業が作り上げたビジネス環境の上に新たな創意工夫が積み上げられて実現されなければ市場を形成することはできません。 なお、シュムペーター は「新結合」を (1) 新しい財貨の生産、(2) 新しい生産方法の導入、(3) 新しい販路の開拓、(4) 原料の新しい供給源の獲得、(5) 新しい組織の実現 の5つに分類しています。

1.2. 「創造」と「イノベーション」

 確かに、どのような「創造」も、その時代における科学技術の発展の状況に依拠しながら起きてきたのも事実です。「創造」を取り巻く社会環境の変化に翻弄されながら繰り広げられてもきました。しかし、特に、自然科学分野におけるクーンズの主張する「パラダイムシフト」のように、それまでの社会にあった「常識」をひっくり返す「創造」(コペルニクス的転回)も存在します。私たちが暮らす社会においても、ある技術(製品、サービス)が社会に浸透し需要が飽和し市場性を失ってくると、新機軸の技術

 確かに、どのような「創造」も、その時代における科学技術の発展の状況に依拠しながら起きてきたのも事実です。「創造」を取り巻く社会環境の変化に翻弄されながら繰り広げられてもきました。しかし、特に、自然科学分野におけるクーンズの主張する「パラダイムシフト」のように、それまでの社会にあった「常識」をひっくり返す「創造」(コペルニクス的転回)も存在します。私たちが暮らす社会においても、ある技術(製品、サービス)が社会に浸透し需要が飽和し市場性を失ってくると、新機軸の技術(製品、サービス)が出現し、それまでの社会環境を一変させてしまうことがあります。シュンペーターの「不連続」とはこういうことであり、上記の「創造」の定義も「不連続」という意味での「社会に未だ存在しない」という定義となります。

2.「事物の創造」から「社会的要請への対応」への深化

 今日の「創造的思考」には、単なる製品やサービスの機能(プロダクトアウトの発想)を考えることとは本質的に異なり、より深化した「社会的要請への対応を意図した創造的思考」が求められています。

2.1. 社会的要請への対応を意図した創造的思考を意図した深化

  • 個々の顧客の意識の変化への対応を意図した深化
    • 今日の社会は、アイデンティティ化した社会、個人化した社会です。そうした社会では、多数の顧客を自分たちの都合の良い見方で画一的に捉えるのではなく、様々な状況の下で暮らし生活している個々の顧客の視点から、一人ひとりの叶えたいと思っている心の奥底にある願いを実現しなければなりません。
  • 社会に浸透している人々の意識の変化への対応を意図した深化
    • 今日の社会はまた、個々人の尊厳を尊重することが重視される社会です。創造する新たな社会の在り様は、個々人の権利を阻害することなく、社会の中で形成されている規範を遵守し、一人ひとりが社会に抱いている共通の意識を反映したものでなければなりません。逆に、それらは、新たな社会の在り様そのものへ映し出されていなければなりません。

2.2. 希少性のある価値の創造

 こうした「社会的要請への対応を意図した創造的思考」は従来のプロダクトアウトの発想そのままで思考してもうまくいく筈がありません。

 「#326 戦略眼と現実解 何故、今の日本企業に内発的な変革が起きないのか 日本人の暗黙知を考える」 では、「他社の真似のできない希少性を優位性と考えるように深化しました。顧客経験価値の中にある価値要素を特定し、価値構造を分析して価値要素をどの様に組み合わせれば希少性のある顧客経験を価値として提供できるかというビジネスエコシステムの考え方もこの延長上にある」と記しましたが、この実現のために挙げられている方策を以下に示します。

  1. 多様性の包摂:多様な立場にある人たちや異なる専門知識を持つ人たちの雇用を進め、様々な人たちの意見や要望に耳を傾けて、新しい発想で新たなアイデアを生み出すことができるようにする
  2. 多様な分野に対する企業との協業:自社の技術やビジネスモデルだけでは対応できない分野について、専門性のある企業との協業を進め、シナジー効果によって新たな社会的要請に対応できるようにする
  3. ダイナミックケイパビリティ:上記方策は現場でのボトムアップでは整合性が取れずうまくいきません。経営者が推進する「感知-捕捉-変容」のプロセスによって果断に進められます。

3. 「創造的思考」の意味の深化

 冒頭に示した「創造」の定義によれば「創造的思考」は「未だ存在しないものをどのようにして考えたらよいか」という問題に直面することになります。すなわち、「創造的思考」には以下の3点についての「創造」が求められることになります。

  1. 新しく創る事物は何であるかという知識そのものを創造する(知識の創造)
  2. その創り出した新しい事物の意味は何であるかを創造する(意味の創造)
  3. そもそもその新しい事物を創造することの意味そのものを創造する(哲学の創造)

 この点においても、今日の「創造的思考」には、単なる製品やサービスの機能を考えることとは本質的に異なります。すなわち、より深化した「意味そのものの創造的思考」が求められています。

3.1. 知識社会の限界と「意味そのものの創造的思考」の再定義

 私たちは今、情報が溢れ、知識の獲得が容易になった社会に生きています。AIやICTの発展により、知のアクセスはかつてないほど高速かつ広範になってきました。 しかし、情報はあっても、それが「価値を生み出す」とは限りませんし、知識があってもそれが「価値に転化する」とは限りません。情報の連携による業務の効率化を図れば良いというものでもなく、知識を探索して広い知見を得れば良いというわけでもありません。現代社会は「意味の喪失」という深いジレンマを抱えていると言えます。しかし、だからこそ、今日の社会において本当に求められているのは「意味そのものを創出する思考」なのです。

3.2. 希少性のある意味の創造

 複雑で前例のない状況において、何を問うべきか、何を判断基準とすべきかを自ら見出す「知」があって初めて「知識の創造」「意味の創造」「哲学の創造」が可能になります。この「知」こそ「形式知化できない暗黙知」であり、この暗黙知があるからこそ「知識の創造」「意味の創造」「哲学の創造」が実現され「希少性のある意味が創造される」のす。

4.他社の真似のできない希少性の優位性

 これからの社会にあって「他社の真似のできない希少性を優位性」とは何かと問われれば、それは「意味そのものを創出する思考」によって「創造された知識」「創造された意味」「創造された哲学」であると言えます。そして「意味そのものを創出する思考」を促す「暗黙知」(培ってきた知見や専門知識を新たな創造に結びつける知)こそが「他社の真似のできない希少性の優位性」を生み出す源泉なのです。

 

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

 

【参考文献】

  1. シュンペーター(J.A. Schumpeter),塩野谷祐一, 中山伊知郎, 東畑精一(共訳)、「経済発展の理論(上下)」、岩波書店, 1977. (“Theorie der Wirtschaftlichen Entwicklung, 2.”,1926.)
  2. トマス・S・クーン 著、 イアン・ハッキング 解説、 青木薫 訳、「科学革命の構造 新版」、みすず書房、 2023.6.13
  3. 菊澤研宗 編集、「ダイナミック・ケイパビリティの戦略経営論」、中央経済社、2018.9.22
  4. ロン・アドナー 著、中川功一 監修、蓑輪美帆 翻訳、「エコシステム・ディスラプション――業界なき時代の競争戦略」、東洋経済新報社、2022.8.11

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