今日の社会の潮流(トレンド、時勢)の根底には「個人化した多様性を包摂する社会」の中で生きているという人々の意識の変化があります。事業を構想し維持発展させていくためには、この意識の変化を捉えていなければなりません。
「個人化」とは
「個人化」(individualization)とは、言葉が表す意味の通り、家族や親族関係、地域のつながり、属している組織(企業)などの集団的枠組みが弱まり、「個人」が社会の基本単位となることを示しています。これまでは、所属している団体(組織や企業)、家という枠組みで捉えられていた存在が、そうした枠組みではなく「個人」として捉えられる存在になることを意味しています。
「個人化」した社会における「個人」は、自分だけの価値観を重視し、自分なりの生き方や働き方を選択して生きていける自由があるだけでなく、社会生活の中で他の人との様々なつながりによって生じる軋轢から解放され、社会や所属する集団の規律に縛られない自由があります。しかし、逆に、「個人化」した社会においては、それらを自ら選び、結果に責任を持つことが求められます。すなわち、自分なりの判断基準を持ち、自立し自律して行動することが必要となります。
「多様性を包摂する社会」とは
社会の中で合意形成されている倫理的な認識においても、国連における「持続可能な開発目標(SDGs)」、および、国際機関における、例えば、国際人権規約や難民条約などでも「多様性を包摂する社会」を前提とした法的枠組みが整備されています。多くの国の制度にしても「多様性を包摂する社会」への流れは強くなっています。
1.「個人化した多様性を包摂する社会」における経済社会と企業経営
「個人化した多様性を包摂する社会」では、消費者一人ひとりの嗜好・価値観・ライフスタイルに合わせたパーソナライズされた製品やサービス」としてだけでなく、「私だけに」という希少性のある価値が求められます。
「個人化」した社会にあって、地域社会とのつながりが希薄になっていく反面、SNSの普及により、同じ価値観を持つ人たちがネット空間でつながりを持つことが多くなってきています。「いいね」つながりのように話題を軸に一時的なつながりもあれば、「友達」つながりもあります。誰かが発起人となって作られたメーリングリストでのつながりもあります。
これらは全て、そのことによって実現される意味に賛同し、あるいは、共感することによって形成されるコミュニティに参加しているだけのつながりです。これからの経済社会は「共感型コミュニティ経済」「共感型コミュニティ社会」となり、企業も共感型コミュニティを意識した経営に移行していかなければなりません。
1.1. 新たに求められる個人の意識の変容
「個人化」が進んでいく社会にあって個人は、より一層、主体性を持って、自分なりの価値観と判断基準によって生きていかなければならなくなります。そうした生き方ができる人たちと、集団に属してその中の規律に従って生きる人たち、自分だけの世界に閉じこもって生きる人たち、の三極分断が進むと思われます。もっとも、それは是々非々で、自分にとって生きがいを感じる分野では主体性を持って自律し、そうでないどうでもよいと思う分野では周りに従って生きるか、または、閉じこもって生きるかも知れません。「個人化」する社会において、人は、より一層、選択的に生きていくことになるでしょう。
1.1.1. 「個人化=孤立化」ではなく、「孤立化」は「多少性を包摂する社会」の文脈で捉える必要がある
「個人化」した社会で人は「孤立化」するのではないかという問いかけも必要です。確かに、高齢社会化し人口が減少し地域の過疎化が進み、そして、地域とのつながりが希薄になるということは「孤立化」が進んでいくと言えるかもしれません。確かに、人が選択的に生きていける社会にあっても、集団に属してその中の規律に従ってしか生きていけない人たち、自分だけの世界に閉じこもってしまう人たちにとっては「孤立化」のリスクは高まります。
しかし、「孤立化」は「個人化」の論点ではなく、むしろ、「多様性を包摂する社会」の論点で考えなければなりません。「孤立化」した人に自助は難しく、地域社会の衰退に伴い共助も難しい状況にあっては、公助(行政)での対策が必要になります。これは社会問題の解決というアプローチになります。しかしながら、「孤立化」は、地域社会と行政が相互に補完しながら、きめ細かい心遣いによってはじめて解決される問題でもあり、従って、「個人化した多様性を包摂する社会」という枠組みの中で総合的に考えていかなければなりません。この点に鑑みれば、「孤立化」に対しては、「個人化した多様性を包摂する社会」の枠組みとして、抜本的な社会変革につながる破壊的イノベーション(ディスラプション)としてのアプローチ方法が適切と言えます。
1.2. 新たな消費社会への変容
「個人化」する経済社会における個々の個人は、「パーソナライズされた製品やサービス」の消費というよりも、「私だけに」という希少性のある価値の消費に関心があると考えられています。当然のことながら、人のニーズは百人百様であり、時々刻々変化します。無限とも言えるニーズに対してパーソナライズすることは不可能です。しかし、『希少性のある価値=私だけに』ということであれば、それに応えればよいということになります。
1.2.1. 『希少性のある価値=私だけに』の本質
「私だけの物語」の実現に感動するとか、そこから得られる幸せ感も大事ですが、「多様性を包摂する社会」という文脈で捉えるならば、取りも直さず「私の尊厳を何よりも大切にしてくれる」という感覚が重要になります。特に、人には自分では明文化できていない、心の奥底で感じている私だけのインサイトがありますが、「私だけのインサイト」に気づいてくれた、その思いに共感してくれた、その思いを実現できるようにしてくれたということの満足感や感動こそが大事なのです。これこそが、『希少性のある価値=私だけに』の本質です。反対に、もし、「私だけのインサイト」に気づいてくれたのに、その意味を理解しようとせず、むしろ、蔑ろにされたと感じたら怒りに変わります。
1.2.2. 「ものの所有」から「ことの消費」ではない
マーケティングの分野での、「ものの所有」から「ことの消費」へ、は言い古されたフレーズです。しかし、「ことの消費」は「個人化した多様性を包摂する社会」の特徴ではありません。そうではなく、「画一化された商品の大量生産-大量販売-大量消費-大量廃棄」の文脈であるか、『希少性のある価値=私だけに』の文脈かの違いで捉えることが本質的に重要なことなのです。「個人化した多様性を包摂する社会」にあっても「ものの所有」へのニーズもありますし、「ことの消費」へのニーズも変わりありません。
2.「個人化した多様性を包摂する社会」で生きていくための4つの要素
「個人化した多様性を包摂する社会」の「共感型コミュニティ経済社会」で生きていくためには、以下に示す4つの要素が強く求められます。
- 自律 主体性と責任を持って自立し自由意志に基づいて生きる
- 創造 自分なりに自分の成すべきこと(社会の中での役割)を創造する
- 思考 周囲の状況を見ながら主体的に調整し適切に選択する
- 意味 そのすべてにおいて、自分なりの意味を追求している
これは、平たく言えば「自分が生きていく上で何が大事なことなのか、自分なりのその意味を考え、社会の中での自分の役割を創造し、周囲の状況を見ながら成し遂げていく」ということです。
消費者に商品を提供するために「新規事業を創造する」という場合において最も大事なのは「意味を創造する」ということです。消費者が「自分なりに追求している意味」と「創造する意味」が整合すれば、消費者が「個人化した多様性を包摂する社会」で生きていくために必要な要素を満たすことができるということになります。事業がディスラプションにつながりうるかの成否を握るのは「採算の取れるアイデアの創出」ではなく「顧客が真に追求する意味の創造」なのです。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

