1.日本社会の特異性(失敗を許さない風土)
日本は失敗が許されない社会と言われます。企業が経営破綻したら再起することは難しく、個人的にも破産者には冷たい視線が注がれ続けます。だから、経営者は命をかけて会社を運営しなければなりません。食っていくためにどうしたらよいかを必死になって考え続けなければなりません。日本の経営には哲学がない、短期視点だとの批判がありますが、一面として、こうした社会風土がそうさせているのでしょう。
2.経済合理性と寛容さの二重構造
命がけであることは、経済合理性の追求に他なりません。しかし、人は経済合理性だけでは生きていけません。常にゲーム理論で生きている訳ではありません。実際、日本人の心の奥底は寛容さにも満ちています。寛容さと曖昧さは別のものかもしれませんが、激しく対立する中でも、相手の逃げ道を作ったりもします。元々、契約でもないのに通用した社会でもあります。まぁまぁで関係を保つ社会でもあります。とは言え、人は、寛容さだけでも生きていけません。正確には、ある一面で経済合理性やゲーム理論的生き方を選択しながら、その真裏では寛容さを持って生きているというのが本当のところなのでしょう。
この経済合理性と寛容さの二重構造は、日本人だけでなく世界中のどの国の人たちにもある心情でもあります。ただ、日本人の特異性は、曖昧さを曖昧のままやり過ごしてそれで良しとすること、特に、即非の論理(自分の成果は自分の成果ではありません、皆様のお陰があるからです)やお互い様の習慣が心に染みついているという、自分と他者の間にある境界を曖昧にして関係性を形づくっている点です。入会地がうまくいくのも、共有地の悲劇が起きないのも、こうした日本人に固有の寛容さがあるからだと考えられます。
3.個人化と寛容さの関係
最近、社会は個人化していると言われています。しかし、個人化と寛容さは背反するものではありません。個人化した社会を、個人主義と結びつけて利己的な社会、あるいは、全ては自己責任と言い放つような社会と決めつけるのは間違いです。むしろ、個人化した社会では多様性を包摂する社会でもあります。
個人化が成立するためには相互の理解が必要です。人は夫々に異なった価値観や人生観を持って生きていますから、そもそも相互に理解し合える筈はありません。しかし、そこに、相手に対するリスペクトだけでは説明できない、すなわち、境界を曖昧にした寛容さがあるから相互理解が可能になるのです。
4.「個人化した多様性を包摂する社会」への進化の条件:「自己準拠」と「多元的社会」の意識
共感という言葉もあります。共感も寛容さによって芽生えます。逆に、寛容さは共感によって支えられています。共感も寛容さも、どちらも、境界を曖昧にした相互理解によるものであす。
「個人化した多様性を包摂する社会」においては、心の奥底に、経済合理性を超えた思考が働いています。そこには、境界を曖昧にする上での、ある一定の基準があります。それは「自己準拠」と「多元的社会」(「自己準拠」と「多元的社会」については、文献#2 p.26より引用)を規範とを規範とした意識です。
4.1. 「自己準拠」と「多元的社会」の意識から「意味の創造」への意識へ
具体的には、人はコミュニケーション(お互いの間での意志疎通と意思疎通の相互のやりとり)を通して共有できる意味を創造し、相互に理解を深めています。このコミュニケーションを図って共有できる意味を創り出そうとする意識こそが「自己準拠」と「多元的社会」の意識なのです。
「個人化した多様性を包摂する社会」は「自己準拠」と「多元的社会」を規範とした社会です。すなわち、「個人化した多様性を包摂する社会」の根底には、共有できる意味を創造しようという意識が前提化されているのです。
5.「意味の創造」こそが次なる社会への懸け橋
今日、権威主義、覇権主義、排外主義が世界を覆っているように見えますが、現実的には、間違いなく「多元的社会」に向かっています。「多元的社会」は、権威主義、覇権主義、排外主義を受け容れません。「多元的社会」に整合できるのは「自己準拠」しかありません。そして、「自己準拠」であるためには、共有できる「意味の創造」が求められます。そして、共有できる「意味の創造」には、主体的な「自律、思考、創造、意味」が不可欠です。これからの社会は「自律、思考、創造、意味」を主軸とした社会になっていくと考えられます。
6.日本社会に求められる新たな変革
今、世界中で「個人化した多様性を包摂する社会」への意識が拡がっていますが、それは、、「自己準拠」と「多元的社会」を規範とした意識の拡がりであるに違いありません。しかし、それが真に浸透していくとするなら、それは、日本人的な曖昧さを大事にする生き方が世界の人たちに受け容れられるときでしょう。一方、日本人には、経済合理性ばかりでなく、「多元的社会の中で意味を創造する」という生きていくための智慧を磨いていくことが、これまで以上に求められていると考えます。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
【参考文献】
- 渡邉雅子、「論理的思考とは何か 」 (岩波新書 赤本版 2036) 、岩波書店、2024.10.18.
- 渡邉雅子、「共感の論理 」 (岩波新書 赤本版 2079) 、岩波書店、2025.9.19.

