問題解決の思考 (初版)

問題解決の思考は以下の視点から進める必要があり、以下、これらについて説明して参ります。

  1. 問題の細分化と因果分析
  2. 問題を捉える視点の整理
  3. 問題の深掘り分析

 

問題の細分化と因果分析

例えば、「少子高齢化」という社会問題が顕在化しています。それは、「少子化」と「高齢社会」という異なる問題を一括りにした問題の捉え方です。問題をデータだけで、すなわち、人口動態とか、人口ピラミッドとかで見れば、そんな表現になるのだと思われます。
 
【問題の細分化】

問題をもう少し細分化して捉えてみると、かつての、子どもを「一家の家計を支える働き手(労働力)」「親の老後の面倒を見てくれる存在」「家を継いでくれる存在」と位置付けていた文化が変容してきたことを挙げることができます。また、経済が高度成長期から成熟期に入り、更には、景気後退(リセッション)により将来的な収入が保証されないという不安、終身雇用の慣行が崩れたことによるリストラ(人員削減、首切り)の不安、雇用のミスマッチで培ってきた能力を活かせず、すぐには再就職できず収入も激減するのではなかという不安、子どもが労働年齢に達しても安定した職につけない不安などが渦巻いて、「子どもを産み育てるだけの経済力が無い」という問題もあります。そこで、家計を支えるために共働きを選択したとしても、核家族化した社会では、両親が不在の間に子どもの世話をしてくれる「保育園等の施設が足りない」という問題が見えてきます。そこには、そもそも「男性の育児参加への意識が低い」という問題もあります。

【問題に内在する問題・・の因果性】

問題を解決するには、漠然と問題を捉えるのではなく、上記の様に問題を細分化して捉えていくことも必要ですし、問題を引き起こしている原因に問題を見いだすこともできます。例えば、「保育園等の施設が足りない」という問題の原因として、「保育士の数が足りない」「保育所の場所を確保できない」といった問題が浮き彫りにされてきます。「男性の育児参加への意識が低い」という問題には、男性が育児のために就業時間を削ったり、休業したりすることへの企業側の理解が広がっていないという問題もあります。

【問題を解決していく上での課題に内在する問題・・の深層分析】

問題を解決するには、様々な課題を解決して乗り越えていかなければなりません。しかし、その課題を解決するためには、更なる問題が見えてきます。 すなわち、問題を解決する手法は様々ですが、何れにしても、そこには課題が厳然として存在し、その課題を解決するためには別の問題を解決しなければならないというループ構造を断ち切る必要が生じてきます。

例えば、「保育園等の施設が足りない」という問題を解決するためには、単純に、「必要なだけの保育園を確保していく」という課題を解決すれば良いとなりますが、「保育園の用地を確保し、保育士を増やす」ための支援をするお金が自治体にはない、日本の国全体の財政を捉えても、プライマリバランス(国の収入と支出のバランス)は崩れ、巨額の債務超過状態にあり、特に、社会保障に対する支出は増大する一方だという大きな問題が立ちはだかっています。 共稼ぎ家庭には経済的なゆとりはなく、負担を増やすことはできません。保育士を増やそうにも、そこには「保育士の給与水準を上げることもできず、保育士へのなり手も確保できない」という事業そのものが抱えている問題がそこにはあります。

当社の「社会の持続可能な発展」と「企業の持続可能な成長」を共に実現するという主張も、実は、ここに本質的な自己矛盾が潜んでいます。この這い出すことのできない自己矛盾のループを断ち切るための方策を考えていこうというのが 『問題解決シナリオの創出技術 “SET : Scenario Emergence Technology” 』の真の狙いです。

 

問題を捉える視点の整理

問題をどの視点で捉えるか、何の問題として捉えるかで、何が問題かも変わってきます。
 
【社会としての問題(社会問題)】

上記の「少子化」を例にして考えてみますと、それは 社会としての問題 と言えます。また、最近、盛んに取り上げられている子どもの貧困も社問題化してきています。しかし、子どもの貧困問題は、グローバル社会の問題日本の社会問題地域社会の問題のどれを捉えるかによって、問題の本質も、課題の解決の仕方も変わってきます。

【事業としての問題】

保育園を増やしたくても事業として採算がとれないため保育士の給料の水準を上げることができない、すなわち、需要があっても供給できないというのは事業としての問題です。

【組織としての問題】

とはいえ、もし、仮に他の保育園では実現できているサービスのレベルが、別の保育園では充分なレベルのサービスを実現できていないというのであれば、その保育園側の運営に何か組織としての問題ががあるのかも知れません。もちろん、そこには地域性や立地の条件も関わってくるでしょうから、一概に、保育園の問題だと決めつけることはできません。

【暮らしの中にある問題】

地域に根ざした風習や古くから守られてきた習慣もあり、それを問題だと一概に決めつけることはできません。しかし、家庭内暴力は、明らかに 暮らしの中にある問題 と言えます。躾け(しつけ)の仕方も家庭により様々でしょう。昔はスパルタ教育という言葉がしばしば使われました。今や死語となりつつある一方で、ある程度の体罰を必要だと考えている親御さんもいます。しかし、児童虐待による事件は後を絶ちません。それは、親の育てられてきた環境に起因することもあり根の深い 社会が抱える問題 とも言えるでしょう。

離婚や死別により片親だけで仕事と両立させながら子育てしなければならないのであれば、行政の支援も必要でしょうし、そうした生活弱者の支援は社会全体としても取り組んでいかなければならない問題とも言えます。老々介護や介護辞職も 家庭が抱える問題 ではありますが、超高齢社会となった現在の社会では、社会全体として捉えるべき問題にもなってきています。

【個人が抱える問題】

ここで捉える個人が抱える問題 には、その人の人格や性格、資質、生まれ持っている能力に関わることは、対象から外して考えることにします。誰彼の性格が悪いからと言っても、それを一概に問題だと言うことはできませんし、そうした、個人の人格を排斥する思想の中に問題があるからかも知れません。 ここでは、むしろ、個人が自分の努力で変えることのできる問題を 個人が抱える問題 と捉えます。 身長は伸ばせませんから、ここでの個人が抱える問題から除外して考えますが、生活習慣によって生じる肥満は食事の仕方や運動などによって改善できることですので、ここでの 個人が抱える問題 に含まれると考えることができます。もっとも、人によって太りやすい体質だったりすることを問題にするかは微妙で、体質改善により解決できるのであれば、個人が抱える問題 に含まれるのかも知れません。

 

問題の深掘り分析

問題の深掘り分析は、問題の認識を明確にすることであり、問題の本質をあぶりだすことでもあります。
 
問題を捉える上での難しさは、人によってそれが問題を認識されることであっても、他の人にとっては問題と認識されていない場合があることです。健常者にとっては不便を感じないことで、これまで問題認識されていなかったことでも、障害を持っている人にとって不便があるのなら、それは問題と言えます。
 
組織の中で問題を認識できないのであれば、それ自体が組織の問題です。同様に、社会の中で問題を認識できないのであれば、それ自体が社会に内在している社会問題とも言えます。
 
社会の中に形成される共通認識があり、かつては問題と認識されていなかったことが、今では問題だと認識されることもあります。昔は、街や建物のどこでも喫煙が許されていましたが、受動喫煙による他人の健康被害が認識され、また、嫌煙家の人権を保護する立場から、分煙や禁煙が当たり前のこととなってきています。法令や規則が変われば、すなわち、例えば、条例で歩行喫煙が禁止されるのであれば、歩行喫煙という行為は違反であり、そうした人の行為は社会の問題となります。街中で未成年者の喫煙が横行しているのであれば、それは地域の問題として解決しなければなりません。

 

問題の深掘り分析を如何に行うか?

問題の深掘り分析は、問題の認識を明確にするプロセスでもあり、問題の本質をあぶりだすプロセスでもあります。
 
【問題の細分化と構造化】

どんなに問題だと主張しても、上から目線では他人事(ひとごと)で終わってしまいますし、茫洋としたままでは何が問題か判然としません。[問題と課題]で記した様に、問題を細分化していくことが分析作業の第一歩となります。ここで注意しなければならないことは、細分化した問題の間の独立性と順序性です。分析作業の次の段階では、細分化した他の問題にも当該問題が内包されていない精査し、更には、問題の原因にある問題、問題解決のための課題に内包される問題、問題の連鎖が引き起こす問題をきちんと分析して明確にすることです。これらは、問題の相関関係も含めた構造を理解することにつながります。

【問題を拡げて捉える】

これまでの分析とは逆に、個々の問題を共通に持つ大きな括りで捉えた問題があるかも知れないことにも注意を払う必要があります。問題を広く捉えれば焦点がぼやけてしまう危険性をはらんでいますが、逆に、あまりにも個別の問題、ある状況に特化した問題のままにしておくと、多くの人たちの理解を得ることは難しく、無視(negligible omitt)されてしまうことも想定しておかなければなりません。

【問題の視座と視点を明確にする】

人によっては問題と認識されない問題もあります。視座と視点(誰にとって、どんな状況であることが問題なのか)を明確にすることが重要です。この際に大事なことは、客観的事実に基づいて明確にすることです。また、場合によっては、問題を認識するに到った時代背景を明確にすることも必要となるでしょう。

【問題を多角的に捉える】

問題を多角的に捉えて分析することも必要です。[問題と課題]で記した様に、個人や家族が抱える問題も広く捉えれば社会が抱える問題に帰結する場合もあります。事業としての問題も、実は組織として抱えている問題により実現不可能なのかも知れません。これは、問題を捉える視座と視点にも、問題を捉える広さにも関わってきますが、問題を異なる視点で様々に分析しなければならないということを示唆してもいます。

「少子化」の問題では「保育園等の施設が足りない」という問題を例に掘り下げましたが、それだけではなく、共稼ぎの両親を持つ子どもの心の問題を捉える視点もあります。「三つ子の魂は百まで」という諺がありますが、両親から離れて過ごす時間が長ければ寂しい気持ちになり、置き去りにされているという不安感が次第に植え付けられていくかも知れず、その子の心の発達に影響を与え、人生の過ごし方にも何らかの影響を及ぼしかねないかも知れません。

 

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