#85 働き方改革の視点を変えれば持続可能な社会の発展につながります

働き方改革は、果たして、社会の持続可能な発展、サステナビリティ(持続可能性 :“sustainability” )につながっていくのでしょうか。
 
今、日本は2008年ごろを境に人口減少社会になったと言われています。そして、このまま推移すると、国内消費が縮小するばかりか、生産年齢人口も減少して経済成長の原動力を失い、社会全体が衰退してしまうとも言われています。 そこで、労働人口を増やして生産の拡大(所得の拡大)と消費の拡大を図らなければならないということで、日本を成長できる国へと変えていく「ニッポン一億総活躍プラン」 が起案され、「働き方改革」が議論される様になった、というのがこれまでの流れです。 ここで、「働き方改革」は、①非正規雇用者の処遇改善(同一労働同一賃金)、②長時間労働の是正、③生産性の向上、の3つの論点からなります。
 

経済財政政策から働き方改革のその先を見透す

 
日本は成熟社会であり、低成長経済のもとで市場が拡大しない状況では、企業は設備投資する必要性はなく、内部留保に走るしかありません。 日銀が、名目の経済成長を上げるべく、インフレ目標2.0%を目指として量的・質的金融緩和政策を打ち出して市中にお金を流し、また、マイナス金利により流したお金が日銀に逆流することがない様に手を打っていますが、お金が滞留して回っていくことはありません。 企業の経済活動が停滞したままでは、経済成長をけん引することなく、日本を成長できる国 にしようという目論見も外れてしまいます。
 
また、企業は、グローバル化した経済環境のもと、し烈な低価格競争にさらされています。 そうした状況において、企業の存続に責任を持つ経営者の立場になって考えれば、固定費となる正社員を減らし、需要に合わせて流動的に、かつ、低賃金の非正規雇用を増やそうとするのは当然のことです。 ましてや賃金を上げるなどもってのほかであり、経済を活性化するために、内部留保を切り崩してでも賃金を上げろと言われても、そこに正当な理由は見当たりません。 例え、政府がどんなに旗を振ろうとも、また、賃金を上げた企業に補助金を出そうとも、企業を経営する立場になって考えれば、賃上げには慎重になることは至極当然のことと言えます。
 
経済成長は停滞し、収入が増える見通しが描けなければ、誰しも、将来に不安を抱き、不要不急の消費支出を減らして、少しでも貯蓄に回そうと考えます。 消費は回復することなく、より安価な商品を買おうとしてデフレマインドが強まる一方で改善されず筈もありません。 更に、追い打ちとなるのが、年金制度を持続可能なものにするためのマクロ経済スライド方式の採用であり、また、膨らみ続ける医療費についての個人の負担額を増やそうとする政策です。 小売り業界が消費を増やそうと、ブラックフライデー等のイベント施策を打っても、それは一時のことであり、冷え切った消費マインドを恒常的に改善させる要因にはなりません。 その結果として、企業を取り巻く経済環境は、一層、厳しくなっていくばかりです。
 

労働環境の実情から働き方改革のその先を見透す

こうした厳しい経済状況にあって、企業は、人員削減して残った正社員で、様々な手続きで膨らみ続ける業務をこなしていかなければなりません。 長時間労働せざるを得ないというのも現実的な話しです。 また、労働生産性の定義に基づけば、消費が伸びず市場が縮小し、商品が低価格化し、長時間労働の悪循環が揃っている現状で、日本の生産性が低迷するのは当然のことと言えます。
 
日本の生産性、とりわけ、サービス産業やオフィスワーカーの生産性が低いと言われています。 労働の現場で起きている現実とは別に、ものごとをマクロに捉えて、生産性が低いのは「おもてなし」の心の所為であり、「過剰な品質、過剰なサービス」となっていると批判する論調もあります。 しかし、この考え方は、本末転倒です。 日本人の心の深層には、繊細さや整然としていることにこだわる文化、きめ細かい心遣いにこだわる文化があります。 世界中どこを見ても、経済が発展してくれば、早晩、少子高齢化社会に向かい、成熟社会化していきます。 成熟社会に向かうこれからのグローバル市場にあっては、日本的なこだわりの文化 こそ差別化要因があり、経済合理性の論理では代え難い価値を生み出す貴重な資源なのです。 多くの国の人達が裕福になってくれば、単一規格品の大量生産・大量販売・大量消費の経済モデルは通用しなくなります。 そのとき、本当の競争力を発揮するのは、こだわりのものづくり文化であり、こだわりのサービスにほかなりません。
 
「働き方改革」の中には、社員のスキルアップをどう図るかについての議論もあります。社員をスキルアップして、労働生産性の向上を図ろうというのがその論拠となります。 しかし、リストラをすれば株価が上がるといった風潮が広がって終身雇用制度が根底から崩れ、また、成果主義の導入が進んだ現在にあっては、スキルアップした社員は、より成果の出しやすい企業で働こうとし、同じ成果を出したならより高い報酬を得られる企業を選ぼうとします。 また、スキルアップには現場での教育(OJT)が最も有効だと考えられていますが、成果主義の下では、誰もが自分が約束した成果を出すことに必死になり、自分が長時間残業してまでも、人を育てようという余裕も理由もありません。 こうした状況で「労働生産性を高めよ!」というのは、無理な話しです。
 
煩雑で面倒くさい事務作業は若手に担わされ、丁寧な教育も経験もないまま、現場では若手への負担が増すばかりとなっているのが現状と言えます。 最近の人は「言われなければやらない」「言われたことしかやらない」という批判もあります。 しかし、その裏返しの行為として、決裁書に多くの人の判子を求めるマネジメントの仕組みがあります。 何かあった時に自分ひとりで責任を取らずにすみ、組織全体の責任とすることができます。 この仕組みによって、根回しのための無駄な仕事が増え、意思決定にも多大の時間と期間が割かれます。 成果主義の導入によって、言われたことだけコミットすればよく、コミットした数字さえ達成しさえすれば良いという風潮も生まれます。 労働生産性の低さの問題の本質は「おもてなし」の心ではなく、こうした現場の実情にあります。
 

社会の持続可能な発展、サステナビリティ(持続可能性 :“sustainability” )につながる働き方改革とは

働き方改革の目的として、単に、多様性のある雇用制度を実現し、女性が働きやすい環境を整備して、労働人口を増やすというばかりではなく、様々な視点から働き方を考えていくことが必要です。
 
今、社会は、モノではなくコトへの需要が高まっています。 モノの裕福さよりも心豊かさの実現が求められています。 それは、経済的な合理性ではなく、一人ひとりがこうありたいと心に抱いているライフスタイルの実現であり、日々の暮らしにあっても社会視点を持って生きていこうという価値観の変化への対応でもあります(例えば、もったいないという行動、生態系の保護、災害で困っている人達への助け合いなど)。
 
こうした変化に対してきめ細かい心遣で対応すると労働生産性を下げてしまうと問題視するのであれば、逆に、経済合理性の発想に基づく労働生産性の定義を見直さなければならいのではないでしょうか。 例えば、一人当たりの売り上げ高等で労働生産性を比較するばかりではなく、企業が得た利益の何倍の社会的価値を生み出したかで評価してみてはどうでしょうか。 それは、むしろ、社会的価値創造が求められているこれからの社会では、企業に求められている真の意味での生産性であると言えます。
 
本質的には、労働の現場の実情を改善しなければ、働き方改革はできません。 今や、ネットワーク技術が発展し、グループウェアとSNSを融合させたコミュニケーションの仕組みは広く浸透してきており、テレビ会議といったテレコミュニケーションも手軽に実現できる様になっています。 しかし、こうした技術の導入を基盤としつつも、根本的には、組織の文化として根付いた問題の解決が必要です。

  1. 意思決定の手続きをシンプルにして責任の明確化を図り、また、意思決定の過程を透明化し、何故そう決めたのか、目的や理由、想定する未来へのシナリオ等について、説明責任を果たすこと
  2. 権限移譲というよりは、トップマネジメントからミドルマネジメント、そして、現場に至るまで自己裁量で行動することを習慣化し、自ら問題を発見し解決する能力を養うこと
  3. 成果による報酬ではなく、どれだけ自分の意思で行動して問題を解決し役割を果たしたかで報酬を支払うこと
  4. 率先した行動を起こすだけの自発性を組織の文化(風潮)とし、内発的に動機づけによる行動を後押して支援することがマネジメントの役割にすること
  5. 閃いた考えを自分だけにとどめることなく、テーマや問題に即して有志が自在にチームを形成し、チームワークで働ける柔軟な組織にすること(縦割りの組織に指示系統を固定化せず、人事評価も縦割り組織の数字で縛らないこと)

これらは、理想論に見えるかもしれませんが、現実的に変化に強い組織、競争優位性のある組織の持つ特徴でもあります。 
 
本当にスキルの高い人であれば、その人が企業に縛られて働くというのも、社会的には機会損失とも言えます。 今、副業を通して多様な発想を磨くのも良いという考えがあります。 社内の文化だけに染まるのでなく、副業することによって、様々な企業でノウハウを学び、見識も広がるという考え方です。 雇用されて生活を会社に縛られるよりはスキルを活かしてフリーランスとしての生き方を選ぶ人も増えてきています。 そうしたフリーランスの活用を図るという考え方もあります。 企業にとっては機密保護の問題もありますが、労働市場が流動化している現在において、実質的に、スキルある人を企業に縛り付けておくという考えは効力を失っており、積極的に機密保護の問題を解決して、副業とかフリーランスの活用でスキルある人を活用した方が、生産性は向上していくと考えられます。
 
ネットワークを使ったコミュニケーションの仕組みを積極的に導入すれば、社員を職場に縛りつける必要もなくなります。 自宅に居ながら働くことも、副業をしながら時間を分けてどこででも働くことも、フリーランスとして働くことも、今や仕組みとしては実現可能です。 多様な働き方で労働力を確保し、労働生産性を高めることは、ひとえに働き方への発想の転換にかかっていると言えます。
 
どこに居ても働けるなら、地方の雇用機会を創出し、地域の経済を豊かにすることも可能になります。 しかし、そればかりでなく、ふるさとで働くことに生きがいを感じ、地域の文化や暮らし方に溶け込んで働く生き方を広げることもできます。 日々の暮らしの中で自分らしい生き方と両立する多様な働き方ができる様になれば、働き方の改革は、心豊かに暮らせる社会への持続可能な発展にもつながっていきます。

 
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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