#153 言語や文化の多様性が尊重されるコミュニケーションの社会になる

 どの国の国民であっても、母国語でなければ母国の文化を肌感覚で感じることはできない。その一方で、自国の文化を他国の人たちに伝えるには、相手国の言語にそのニュアンスも含めて翻訳して伝える必要がある。世界のどこの国においても、その国の文化の多様性を活かしつつ、夫々の国民が交流して平和な世界を築き、新たな文化を生み出していくことができることは素晴らしいことである。

 ある国の歴史の中で培われてきた文化が他国の文化よりも優れていたり、劣っていたりするということはない。しかし、現実的には、学術的な論文のレベルや数、輸出される文化(映画や音楽、文学など)、世界標準となって使われているハードウェアやソフトウェアなどによって形づくられる英語という言語の優位性は圧倒的である。

 コンピュータ処理の高速化と人工知能技術の進化により自動翻訳技術が飛躍的に向上し、今や、日常会話を逐次翻訳できる程のレベルにも達してきている。自動翻訳技術は更に進化し、マンマシンインターフェース(音声入力と音声出力、一定の動作や表情および手話から音声、リアルタイムでの字幕表示等)も発達して誤訳の少ない同時通訳が可能となる時もそう遠くないと思われる。

 専門知識の言語の壁は比較的低いが、感性や文化を伝えるための言語の壁は高い。もっとも、専門知識は学習を深めなければ母国語でも理解は難しく、感性や文化の機微は豊かさのある心を育まなければ素養として身につかない。これは言語で伝える以前の問題である。コミュニケーションは、お互いに胸襟を開いて語り相手の言葉に傾聴しなければ成立しない。文化の違いを文化の発展段階の違いと勘違いしてしまうと文化の交流は成立しない。人と人の会話をビジネスのレベル(ディール)で理解しようとするならば底の浅いものになってしまう。

 グローバルに意思疎通をするためには、多くの国で使われている優位性のある言語を共通言語として学ぶことは重要である。自動翻訳技術の発展は、他国の言語を学ぶ努力を軽減してくれるというよりは、むしろ、本当のコミュニケーションに必要な受容力や多様性な文化を理解しうる感性を養い、寛容な社会を築いていくことに人々の学びの努力を向かわせてくれるものと期待するべきであろう。

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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