#134 誰もが自分らしい生き方を享受できる豊かな社会

 人は、誰もが平等に“自分らしい生き方を享受できる”ことの権利を持っている。そして、そうした権利が保障され、自分なりに“自分らしい生き方”を追求することができる社会が豊かさかな社会である。このことは、逆に、誰もが同等に“自分らしい生き方(クオリティの高い生活)を享受できる社会”を築いていかなければならないということでもある。

 政治家であろうが、行政に携わる人だろうが、企業経営者だろうが、様々な労働に携わる人たちだろうが、学校の先生や学生だろうが、資産家だろうが生活に困窮する人だろうが、健常者だろうが障がい者だろうが、誰もが“自分らしい生き方”を追求し、“自分らしい生き方を追求できる社会”を築いていく主体なのである。
 その一方で、合理性を追求する社会は、自ずと社会的な階層を生み出していく。人は誰しも社会的ジレンマ問題を抱えて生きており、先のことはどうなるか分からないから、何か起きた時に考えれば良いと考え、何か問題が起きた時には、この社会的階層の誰かが責任とリスクをとって、自分はその人の言われた通りに行動すればよいという風潮になっていく。
 人は誰もが自分の存在理由と生きる目的を考えて思い悩んで生きている。そして、今の社会にある問題を意識し、未来社会に向けて構築していかなければならない価値(夢や理想)を描いている。誰もが“自分らしい生き方”を追求し“自分らしい生き方を追求できる社会”を築いていく主体であるということを認識すると、そこに自律した意識や行動が生まれ、曖昧な態度ではいられなくなる。

 政治家であろうが、行政に携わる人だろうが、企業経営者だろうが管理者だろうが、様々な労働に携わる人たちだろうが、学校の先生や学生だろうが、資産家だろが生活に困窮する人だろうが、健常者だろうが障がい者だろうが、“自分らしい生き方”を追求し、“自分らしい生き方を追求できる社会”を築いていく上では、本来、平等であり、自由であり、そこに格差があってはならない。
 ネットワークが発達しグローバルにビジョンを共有できる社会である。本来、誰であろうと“自分らしい生き方”“自分らしい生き方を追求できる社会”のビジョンを描き、社会に発信し、コミュニケーションを通して共有していくことができる。その一方で、ここにも格差が生じる。人によっては、そのための時間も、それにかかる費用も、それに必要な知性を得る機会も、日々の生活の中に消えてしまう。豊かさのある社会を築いていくためには経済的支援や社会的支援も必要になる。

 根源的には、社会そのものが成長していくことが必要である。誰もが平等に“自分らしい生き方”“自分らしい生き方を追求できる社会”のビジョンを描き社会に訴求していける社会を築くには、“合理性を追求する社会の通念”を捨て去り、心の奥底に隠されている“知識の壁”を乗り越えていかなければならない。

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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